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◇◆ 彼が盗んだもの 2 ◇◆
 三時間目。小腹が空いた頃の体育の授業。
 バレーボールを頭の上にのせて、体育館の向こう半分でバスケをやっている男子をチラチラ見ながら由香が言いだした。
「翔也ってナルシストっぽくない? はい、あと20回」
 だから、オーバーハンドトスたるものを必死でやりながら私が答える。
「そこがまたカッコイイんじゃん! よっ ほっ」
「いやぁ、あれは異常だね。絶対あいつは、鏡の前で不敵な笑みを浮かべるタイプだね。あと10回」
 わかってないなぁ由香さんよ? そういうところがカッコイイんじゃん!
 そう言ってやりたいのを堪えて、お利口な私は黙々とトスを続けた。

「よっしゃ! 50回終わった!」
 ずっと上を向きすぎて首が痛い。首をさすり、横に傾けながら由香のところへ近づいた。
 今度は由香がトスをする番で、なんだかんだと文句を言った後、ようやくボールを上げ始める。
 由香のトスの回数を数えながら、やっぱり私もチラチラ男子の様子をうかがっていた。
 すると、いい具合に翔也がロングシュートを放つ。
 入るか? と思ったその瞬間――
 海東がボールをカットした。

「ムッキー! 馬鹿ルパンめ! 翔也の邪魔をするなっつうの! あと20回ね」
 由香が鼻を膨らませ、トスをしながら話し出す。
「ちょっと 笑わせないでよ! 文子って本当にルパンが嫌いだよね? 私的には翔也よりルパンがタイプだけど」
 そんな由香の発言に驚いて、目線を男子から(正確には翔也から)戻し嫌味を放つ。
「あぁ、それは由香の目が腐り始めた証拠ですね。目薬いりますか? あと10回」

 嫌いって訳じゃないんだけど……
 なんかこう…… 王子様っぽくないじゃん?

 小学校の低学年で一緒のクラスになった以来、海東と同じクラスになったことがない。
 私より小さかったはずなのに、いつの間にか背を抜かされていて 見下ろされる不快感?
 頭もそれなりに良かったみたいだし、運動神経もそこそこ良かったみたいだし、まあまあ面白いし?  海東を好きだっていう友達は結構いたかも。(興味なし)
 だけど、私の名前が悪いのか、あいつのあだ名が悪いのか……
 廊下ですれ違うたびの 『ふ〜みこちゃ〜ん』 コールに周りのみんなが笑うから、 馬鹿にされているとしか思えなくて、それからあいつを避けるようになったかも。

 そこまで考え終えたとき、練習終了の笛がなって、そこからはバレーの試合に没頭した――

 昼休み、高校生活初めての中間テスト範囲が貼りだされ、由香を含めた女子数人で掲示板を見に行った。
「げっ! 古典の範囲、長っ!」
 張り出された範囲を見て、由香が鼻にシワを寄せながら文句を言う。
 確かに30ページは長いわな……
 ところがそこで、必死でメモを取る私の頭がズッシリと重くなり、真上から頭に響く声。
「ふ〜みこちゃん知ってた? この学校は、学年順位が廊下に貼り出されるって」
 私の前髪が、やつの息でふわふわと動く。背筋が寒くなったのは言うもでもない。
 ん? ちょっと待って? 学年順位が貼り出される?
 ギリギリのスレスレで入った学校なのに、そんなもの貼りだされた日にはもう……
 というか、私の頭の上に顎を乗せるのはやめろ!

 そんなことはおかまいなしに海東が続ける。
「ね、ね、賭けしない? 俺の順位とふ〜みこちゃんの順位のどっちが上か。名付けて、ビリッケツ大作戦!」
 他人のフリを決め込んでいた由香が、もうどうにも耐えられなくなったらしく噴き出して、 それにつられて周りの一年生たちも笑い出す。
「ルパン? あのねぇ! グエェ」
 勢いよく振り向けば、当然のことながらそこには海東の胸があって、 大して高くもない鼻を、イヤというほどそこにぶつけて変な声を発する私。
 ちょっと引きつった後、私を指差しながらふんぞり返って笑いまくる海東が、憎らしくて仕方がない。
 よく考えて見れば、中学時代の学年順位は、確か私の方が上だったはず……
 この屈辱と過去の記憶を天秤にかけて、なんだか頑張れば海東には勝てるんじゃないか?
 そう計算の立った私は、その賭けに乗ることにした。

「私の戦利品はなに?」
 腕を組んで、精一杯虚勢を張りながら海東を睨む。
 ようやく笑いのおさまった海東が、両手を広げて
「お好きなものをどうぞ♪」
 なんて、自信たっぷりに言い返してきた。
 もう後にはひけなくなったぞ? 本当に大丈夫なのか私?
 いや、こいつだけには絶対に負けたくない! 負けるはずがない!

――ま、まけた……。

 図書室に通いまくったし、ほとんど徹夜で勉強したし、 答案が返ってきたときだって、これなら勝った! って思ったのに……
 能ある鷹は爪を隠すって言うけど、本当に素晴らしい隠し方だ……

第1学年 1学期中間テスト 学年順位

1位 497点 海東則巻
2位 484点 結城さやか
3位 483点 石橋翔也
4位 481点 福島由香
    :
    :
15位 469点 久島文子

 翔也よりも上なの? 497点ってどういうことよ? ルパンのくせして生意気な!
 というか、由香まで微妙に4位だし……

 「まぁ、まぁ、そんなに気を落とすなって」
 由香が今後の展開を面白がりながら、慰めになんてならない慰めを言ってきた。
「落ち込むことじゃないでしょ? 私たちはどうなるのよ? この学校で、15位に入れるほうが凄いと思うよ?」
 背中の丸まった私に、恵子と久恵が背中を叩いて励ましてくれる。

 確かに15位は快挙だ。けれど海東との賭けには、木っ端微塵に負けちゃった。
 だけどあのとき、賭けの戦利品がなんなのかを海東から聞かなかったよね?
 もしかして、賭けのことなんか結構忘れちゃってるかも?

 思いきりなプラス思考で教室に戻って席に着き、 次の授業の教科書を取り出して、何の気なしにパラパラとめくれば、 ページの間から舞い落ちるカードが一枚……


 予告状

 本日午後12時
 ふ〜みこちゃんの 『く』 のつくものを
 いただきに参上します――

 怪盗 LUPIN


 なんだこれ? 『く』のつくものってなんだ?
 こんな手の込んだものをわざわざ作っちゃって!
 キッと海東を見れば、私の視線に気が付いているはずなのに、そっぽを向いたまま無視をしている。
 そうですか。あぁ、いいですよ? 絶対に死守してやるから!
 せいぜい今のうちだけ、素敵なルパンを気取っていてください!
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photo by ©かぼんや