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◇◆ 彼が盗んだもの 3 ◇◆
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11:48 52秒 ━━ 予告時刻 11分8秒前
大体、昔からあいつは悪ふざけがすぎる! 頭から蒸気が出てきそうな勢いで廊下を突っ走る私。 手招きするから、近寄れば『手首の運動』って笑うし、 全校朝礼でキッチリ立っていれば、後ろから膝カックンをやってくるし。 膝カックンだよ? 膝カックン! 全身の力が抜けちゃって、こんにゃくみたいにその場に座りこけて、 全校生徒の注目の的になっちゃったのに! あのとき翔也なんか、ものすごい嫌悪した顔で私を見下ろしてたし…… もう、今日という今日は、絶対に文句を言ってやる! 無意味で派手な音をたてて階段を上り、踊り場でドリフトし、 勢いよくクラスのドアを開ければ、残っていた数人の男子が私を見て笑っている。 でも肝心な海東はどこにもいないから、目が合った男子に鼻息荒く問い質す。 「ワトソン! ルパンはどこ!」 話しかけた男子は自分の鼻を指差しながら、オレ? オレ? とみんなに確認している。 カフェオレでもイチゴオレでもいいからさ、早く答えてよワトソンくん! 「えっと、僕は若狭であって、ワトソンではありませんが……」 まだ自分の鼻を指差したまま、おずおずとワトソンが言っている。 ワトソンはワトソンであってワトソンだ! 『若狭さん』だなんて、言い難いったらありゃしないのだから、ワトソンで充分なんだ! 左足の上履きのゴムを床に何度も打ちつけながら、命一杯頬を膨らませてワトソンを見れば 「あ、海東くんですか? 海東くんなら図書室に行きましたよ?」 ようやく聞きたい答えがワトソンから返ってきたから 「ありがとう!」 それだけ言って軽く手を振った後、今度は図書室に向かう廊下をひた走る。 11:53 48秒 ━━ 予告時刻 6分12秒前 今日は短縮三時間授業。海東から予告状たるカードをもらってからというもの、 私の身の回りの『く』のつくものが、ことごとく消えていく。 最初になくなったのは、お気に入りのピンクの 【クシ】 で、 あちこち探し回っても見つからないから、ちょっと半べそになった私…… その次はクリップ。そしてその次はクリアファイル。 もう『く』のつくものなんて持っていないと高をくくっていたら、大事なものを忘れてた―― 【靴】 がない! みんなでランチをして帰ろうという話になって、そのメンバーの中に翔也もいて…… 久しぶりに間近で翔也を見ることが出来たから、それはもう、ときめきながら昇降口まで歩き、 飛び跳ねたくなる気持ちを抑えて扉を開けたら、私の下駄箱だけ空っぽじゃない! せっかく初めて翔也と一緒にご飯が食べられると思ったのに、ひどすぎるよルパン! 11:56 13秒 ━━ 予告時刻 3分47秒前 いつ来ても、気味の悪いほど静かな棟。 まぁ、図書室だから当たり前の事なのだけれど、それでもこんなに薄暗いと、ここで本を読んだら目が悪くなりそうだ…… 少し背伸びをして、扉の小窓から中を覗くけれど、誰かがいる気配はない。 本来なら入らずに引き返すところだが、靴を取り戻さなければならないから仕方がない。 だから誰が見ているわけでもないのに、意味もなく立てた人差し指を口に当てて、 できるだけ音が鳴らないように、ゆっくり静かに扉を開けた。 鼻がムズムズしてくる本と黴の臭いに、くしゃみをこらえながら奥へと進む。 座席を確かめたけれどやはり誰もいなくて、ベージュ色のカーテンが閉ざされているから、 尚更暗く感じられる部屋を引き返そうとした瞬間―― 左から伸びてきた腕が私のおなかに巻きついて、腕が伸びてきた方向へと後ろ向きに引き寄せられる身体。 壁のようなものに背中がぶつかったと思ったら、今度は右から手が伸びて私の顎を覆った。 その手が力強く私の顎を持ち上げて、強引に天井を確認させられたとき、 ぬっと現れた海東の逆向きの顔が、ゆっくり近づいてきて…… 私は上を向いたまま、後ろから抱きしめられたまま、海東に唇を奪われた…… 海東の顔が消え、顎を押さえる手も消えて、 それでも呆然としたまま上を向いて天井を見つめ続ける私に、 今度もまた後ろから海東が耳元で囁いた…… 「予告通り、ふ〜みこちゃんの 『くちびる』 は いただいた……」 12:01 27秒 ━━ 怪盗完了 1分27秒過ぎ 彼の盗んだもの…… 文子のくちびる END |
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