schole〜スコレー〜
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3,


 そんなこんなで、ボクが諸星さんと出会ってから二週間が過ぎた。
 僕は彼女について回るだけで、相変わらずというか、諸星さんの日常は何も変わっていない。朝、駅前へ出掛け不良
を叩きのめすと、そのまま町内をぶらつき、ふらふらと家へ戻る。そして、三日に一度は必ず高校へ行く。出席日数が
足りなくならないため、らしい。すでにアウトな気もするけど。彼女にとっては、高卒という経歴すら必要ないのかもしれ
ない。
 最近では、『お付きの山田』なんていう通り名が僕に付けられていた。諸星さんが事ある毎に「山田、山田」と呼ぶの
で、周囲の人間に名前を覚えられてしまったのだろう。
 『十字町の救世主』と『お付きの山田』。コントみたいだ。
「おーい山田ー。飯行くぞー」
 おっと、お呼びがかかった。もうそんな時間か。学校帰りの寄り道をする生徒達もすっかり姿を消し、空にはうっすらと
月が見えていた。
「はいはい諸星さん。今日はどこへ?」
「そうだな。たまには南にでも行くか。山田、一軒ぐらいうまい店知ってるだろ」
 ここでいう"南"とは川を隔てた南側、つまり僕の家のある田園地帯の事だ。
「えーっと、とんこつがメインのラーメン屋なんですけど、そこで構いませんか」
「あぁ、じゃ、そこで」
 決まりだ。
 件のラーメン屋は自宅から徒歩十五分程度の所にある。ちょうど中学との中間地点だ。ミニサイズのラーメンを安価
で提供している事もあり、おやつ代わりにちょうど良いためよく食べて帰っている。
 ――――――と、そういえば財布を家に忘れてきたんだった。僕らしくもない。今日は珍しく中学へ行ってから諸星さ
んと合流したので、いつもより早く起きる必要があったんだ。中学へ行かない日は八時起きだし。
 諸星さんには、あまり中学へ通っていない事を咎められているけど、同じく本人も高校へ通っていないので説得力が
感じられない。
「すいません諸星さん。財布を家に置いてきたので僕は一旦取りに戻ります」
「あぁ? 私はどうすれば良いんだよ。南の事なんてわからないぞ」
「ラーメン屋への道を少しだけ離れた所にあるので、僕の家。すぐに戻れます」
「仕方ないな。じゃあ近くなったら言えよ」
 まだ川の北側だし、もうしばらくは道を案内していれば良い。
 ――――そういえば、僕が先導して歩くのなんて、これが初めてだな。
 うーん、ドMの僕としては、あまり居心地の良い位置じゃないな。そわそわする。やっぱり僕は人の後ろを犬のように
付いていく方がしっくりくるね。




 いつものように母親から罵倒され家を出た僕を待ち受けていたのは、後頭部で長い金髪を縛った不良娘だった。背
後には何人もの手下を従えている。見ない顔だ。
 場所は、家を出た先のT字路を曲がったところ。諸星さんとの合流地点にはまだ遠い。
「よぉ『お付きの山田』っつったっけねぇ。ちょっときてもらうよ」
 ん、その名前で呼ばれるという事は諸星さん絡みかな。
 きてくれと言われれば、そりゃあ付いていくさ。だって、どう考えてもリンチフラグだしこれ。諸星さんに付きまとうように
なってから、随分とご無沙汰だ。
 なにより僕にとって嬉しいのは、金髪娘がなかなか綺麗な顔をしている事だ。やっぱりこういう人に苛められるのが一
番だよね。ドMに生まれて良かったな僕。
「えぇ、喜んで。あ、諸星さんにはこの事伝えた方が良いのかな?」
「…………ん?」
「いやいや。だって諸星さん僕の事待ってるはずだし。黙っていなくなるのは彼女に悪いよね」
「何言ってんだよあんたは。あんたは諸星狼子相手の人質なんだよ。そこら辺わかってんのかね」
 人質? 僕が? ははん、さては『お付きの山田』なんて呼ばれてるものだから、僕と諸星さんが信頼し合ってるとでも
勘違いしてるんだな。
「やー。悪いんですけど、僕は人質にはなりえませんよ。諸星さんにとって僕は単なるお邪魔キャラだから」
「ははは、何を馬鹿な。ま、その辺りはやってみりゃわかるんじゃないのかい。とりあえず、とっととこっちへ来るが良い
さ」
 むんずと腕を乱暴に掴まれ、手下の肩に担がれる。
 どこにもバイク等見当たらないし、どうやら徒歩での移動らしい。なんとも昔ながらの不良の皆さんだな。
 この金髪のお嬢さん、スカジャンの下にサラシなんて巻いちゃってるし。もしかしてヨーヨーとか取り出したりするんじゃ
なかろうか。
「ねえ金髪さん」
「なんだよ。あたしには銀島乱子って名前があんだよ」
「銀島さん。このまま徒歩でどこまで向かうんですか?」
「北の廃工場までさ」
 予想以上に遠い。おそらくどこの事を言っているのかは見当がつくけど、ここから十キロ以上はゆうに離れてるはず
だ。
「あの、何でバイクとか使わないんですか」
「あたしが免許を持ってないからさ。まだ十五だからね。来年までの辛抱さ」
 え、何で変なとこで常識あるんだろうこの人。確かに犯罪はいけないけど、まずはその服装を直そうよ。……うーん、
そう考えると諸星さんと似てるな。
「ま、精々いきがっておくと良いさ。あっちに着いたら覚悟してなよあんた。ふふふふふ」
 悪役らしいにやついた笑みを浮かべる銀島さん。
 あぁ! 僕はこれからどんなひどい目にあわされるんだろう! わくわく!




 工場跡地はなかなか風情があって面白い場所だった。
 リサイクルのため金属の加工をしていたのだろう、あちらこちらに不燃ゴミの山が積み上がっている。どれもこれも、
年季が入ってボロボロになった物ばかりだ。ゴミの状態になってから相当の時間が経っているのだとわかる。僕が小学
生の頃から、この辺りの工場群は活動してなかったような気がする。数年もの間、これらのゴミはここに放置され続け
ているのだろう。
 それに目をつけた銀島さんが、それいけやれいけとチームのアジトに作り替えてしまったわけか。
 ゴミ以外の物に目を向けると、漫画本の束や空き缶など、生活をしている様子が見て取れる。
 何はともあれ。
「さて、銀島さん。それでは僕をひどい目にあわせてください」
「ん? また何を言ってんだあんたは。それじゃ人質にならないだろうよ。諸星狼子をおびき寄せて、奴があたしらに楯
突くようなら、まあ、ひどい目に遭ってもらうとするけどねぇ」
「話が違う! 帰らせてもらいます!」
 あれだけ拷問を臭わせた発言をしておいて! 覚えてないとは言わせない!
「おっとそうはいかないさ」
 銀島さんが合図すると、背後の部下が僕の腕を担ぎ上げ、荒縄で縛り上げた。ちくちくと縄が腕に食い込んで気持ち
いい。
「…………ふん。まぁ、それならそれで別に問題ないですよ。どうせ諸星さんは僕を助けないし。嬉々として攻撃の姿勢
に入ると思いますよ」
「さぁて、それはどうかね。今、あたしの仲間が諸星狼子を呼びに向かったからね。もう少しすればわかる事だ。大人し
く待ってな」
 む。全てを理解してるような口調が癇にさわるな。
「銀島さん。どうして僕が人質として成立すると思うんです? 僕からすれば、諸星さんはそんな人に見えません」
「……あたしはね、かわいい仲間があいつにやられて、散々あいつの事を調べたんだよ。そのあたしからみて、あんた
は人質に成りえると判断したんだ。ごちゃごちゃ言ってんじゃないよ」
「仲間?」
「あんたもその場にいたんだろ? 駅前の裏路地で煙草を吸ってた三人組だよ」
 あぁ、例の不良三人娘。この人、あの三人のボスなのか。道理で似たような古臭さだと思った。さすがボスだけあって
レベルアップはしてるけど。
「えっと銀島さん。こっちはご存じでないかと思うんですけど、僕ドMなんです。諸星さんもそれを知ってるから、本当に
意味ないですよ」
「は。諸星狼子を守るため、またそんな嘘を。泣かせるね」
 信じてもらえない。
 まぁ、銀島さんの言う通り、諸星さんが到着するまで待ってれば良いだけの事か。
 荒縄の痛みに集中してゆっくり待ってるとしようかな。




 しばらくして、諸星さんが例の三人組に連れられてやって来た。
 苦い顔をしており、どうやら不甲斐なく捕まってしまった僕に苛立っているようだ。
「おい山田ぁ。何捕まってんだよ。面倒くせーな」
 やっぱり。
「すいません。じゃあどうぞ。ここにいる全員をボコボコにしちゃってください諸星さん。なんなら僕も巻き込んでくれて構
わないんですよ」
 むしろ、巻き込んでくれた方がありがたい。ようやく諸星さんに快感を与えてもらえるのだ。
「ちょっと待った"お付きの山田"。主人を想うのは結構だが――――――おい、諸星狼子よ。それをやれば、こいつが
どんな目にあうか、わかってるんだろうな?」
「…………ち」
 ん? 舌打ち?
 いつもの諸星さんなら、銀島さんの言葉になんて従わず、すぐさま奇声を上げながら彼女を殴りつけているところなの
に。
「あの、諸星さん? 知ってますよね? 僕ドMですよ? むしろ諸星さんが抵抗してくれれば殴られるのですごく嬉しい
んです」
「"お付きの山田"。泣かせるね。嘘はもう良いんだよ。作戦はもう成功してるんだから」
 いやいやちょっと待てちょっと待て。
 何で諸星さんはじっと黙って突っ立ってるんだ。彼女が暴れてくれれば万々歳じゃないか。僕も諸星さんもハッピー。
二人の快感が満たされるっていうのに。
「諸星狼子。部下想いのあんたと主人想いの山田に免じて、四発で勘弁してやるよ。おい、お前ら。一人一発ずつ殴り
な」
「えぇわかりました乱子さん。へへ、二回分の恨みだ。喰らいな」
 振りかぶる不良娘A。
 ちょっとちょっと諸星さん。

 結局、その場を動かなかった諸星さんの頬に、不良娘Aの拳が叩き込まれた。

「諸星さん!」
「黙ってろ山田」
 諸星さんの頬は徐々に赤くなっていき、鼻の穴から僅かに血が垂れてきた。
 何でだ諸星さん。意味がないよこんなのは。
「精々痛がると良い的な。おらぁ!」
 二発目。
 不良娘Bの拳が反対側の頬に当たる。
 少し、諸星さんの足下がふらついた。
「正義のためだとか、そういうのは良いんですよ! 正義のためにやってるわけじゃないって前に言ってたじゃないです
か! もしそういうつもりなんだとしたら、何でこんな時だけ自分の快感に走ろうとしないんですか!」
「違うんだよ山田。そうじゃない」
「だったら何でですか」
 諸星さんは、僕の言葉に答えない。
「くらえよくらえ諸星狼子」
 三発目。
 不良娘Cの拳によって、ついに諸星さんの体はバランスを崩したのかぐらりと揺れる。その場に倒れる一歩手前で、
地に右手をつき、なんとか踏みとどまった。
 そんな諸星さんの姿を目にして、僕の胸に、徐々に何かが湧き上がってきていた。
「さ、最後はあたしだよ諸星狼子。くらっときな」
「銀島さん」
「あぁ、あんたはもう用済みだ。とっとと家に帰りな」
 その言葉を耳にし、ようやく僕は立ち上がった。
 縛られているのは両手だけだ。口はいくらでも動かせる。
 だから、僕は――――――――。





 山田が捕まったとかいう阿呆な話を聞かされた。
 どっかで見た三人組が私にそう声をかけてきたのだ。『お付きの山田』を捕まえたから奴を守りたいならついてこい、
だと。
 こいつらの話を信じるわけではないが、確かに遅いな山田。二十分も掛からないとか言っておきながら、もうあれから
半時は経過している。三倍だ。
 一時間も道路で突っ立っててちょうど暇を持て余してたところだし、もしその話が本当だったらここで待っている意味も
ないし、とりあえず付いていくか。
 嫌みたらしい笑みでこちらを挑発してくる三人をシカトし、歩く事数十分、私は川の北側へ戻ってきていた。
 場所は私が小学生の頃に潰れた廃工場跡である。なんだ、不良の溜まり場になっちまってたのか。
 中へ入ると、数名の不良共と、その中心には見知った顔。
 両手を背中で縛られた山田の姿を目にした瞬間、何故か、胸に動悸が走った。
「…………おい山田ぁ。何捕まってんだよ。面倒くせーな」
 なんとか口を動かし、言葉を捻り出す。
「すいません。じゃあどうぞ。ここにいる全員をボコボコにしちゃってください諸星さん。なんなら僕も巻き込んでくれて構
わないんですよ」
 山田の声が聞こえる。
 確かに、こいつの言う通りだ。どうやらこいつらは山田を人質に私をぶちのめそうという魂胆らしいが、山田はドM。人
質の役割を果たさない。
 だが、どうして。

 拳が動かない。

「…………ち」
 無理だ。暴れられない。
 何故なら、私がこいつらを殴ればそれに比例して山田も殴られるから。
 だが、山田が殴られたところで何の問題もないはず。
 ドSな私もドMな山田も得をするはずだ。
 なのに。
「諸星狼子。部下想いのあんたと主人想いの山田に免じて、四発で勘弁してやるよ。おい、お前ら。一人一発ずつ殴り
な」
 そんな言葉を聞いても、一向に私の体は動こうとしない。
 ぶん殴れば良いだろうが、こんな奴ら。どいつもこいつも一発でノックダウンだ。
 動け拳。動けよ、何でだよ。おかしいだろ。意味がわからない。
 突然、頭が揺さぶられた。
 右頬に衝撃を感じた。どうやら殴られたらしい。久しぶりの感触だ。近頃じゃ、喧嘩は負け無しだったからな。殴られ
た事すらそうそうない。
 さっきの不良娘が恍惚の笑みを浮かべて立っていた。何だ、お前もSなのかよ。まぁ不良になる奴なんて大概Sか。
Mの不良なんて聞いた事ない。
「諸星さん!」
「黙ってろ山田」
 山田の声を聞き、無意識の内にそう口に出していた。
 なるほど…………無理らしいな。もう、こいつらに抵抗するのは不可能らしい。私が私自身でそう決めちまってるんだ
な。
 あーあー、だったら、仕方がない。せめてもの意地だ。雑魚の攻撃になんざ、耐えきってやる。絶対に倒れてなんか
やらない。
 私は、垂れた鼻血をジャージの袖で拭いそう決意した。
「精々痛がると良い的な。おらぁ!」
 今度は左側の頬を殴られる。一発目のダメージが残ってるようだな。少し足下がふらついた。が、まだ大丈夫だ。
「正義のためだとか、そういうのは良いんですよ! 正義のためにやってるわけじゃないって前に言ってたじゃないです
か! もしそういうつもりなんだとしたら、何でこんな時だけ自分の快感に走ろうとしないんですか!」
 偽善は善の内。そう口にした男が何を言う。ま、ともかく、そんな事は今、一切関係していない。
「違うんだよ山田。そうじゃない」
「だったら何でですか……」
 答えられない。答えがわからないから、答えられない。
 そんな理由、私が知るか。
 ただ、山田が殴られないように踏ん張ってんだよ私は。
「くらえよくらえ諸星狼子」
 三発目を、右頬にくらう。
 衝撃が今までとは段違いだ。単純にパワーのせいもあるだろうが、私が割とダメージを引きずってるってのが大きな
理由だろう。
 一瞬、意識が飛び、体が前のめりに倒れそうになる。
 はっと気づき、左足で地を踏みしめ右掌をつき、なんとか転倒だけは免れた。
 舌べろが苦い。鉄分の味だ。さすがにこれだけ殴られれば口の中も切れるか。口内炎が後々辛いな。
 と、山田が立ち上がっている。何だ。黙ってろって言ったのに。
「諸星さん」
 なんだよ。

「僕は失望しました」

 …………あ?
「もっと貴方は頭の良い人だと思っていた。自分がドSなんだから、逆にドMの性質も理解できているものと思っていた
んですよ。で、それがこの結果ですか。どういう事です。何故、自分の快感を犠牲にしてまで僕の快感を奪おうとするん
です。もしかして僕に恨みでもあるんですか。こんなものは偽善ですらありません」
 おい。
 何を言ってんだこいつは。
「あぁ、もう、とにかく失望です。それ以外にこの感情を説明できる言葉はありません。もうお会いする事はないでしょう
諸星狼子さん。ではさようなら」
 そのまま、私の隣を通り過ぎていく山田。
 ―――――――どうなってんだよ。
 私を殴りつけた三人も、そのボスだとかいう銀島も、ぽかんと口を開けて山田の後ろ姿を見送っている。
 私がいけないのかよ。
 確かに、普段の私ならこうはならなかったさ。
 何で私がこんな行動を取っちまったのか、私自身も理解できてない。
 だが、しかしだ。
 正義がどうとか言うつもりはないが、もし仮に正義が存在するんならこれこそが正義だろう。何で、何でそこまで私に
辛くあたるんだ。
 山田がドMだとか、私がドSだとか、関係ないだろ。
 私は山田を守りたかっただけだってのに。何で、お前は私から逃げるんだよ。
 長く、忘れていた感覚。
 ほろりと右目から水滴が流れた。
 ぉお、泣いているのか私は。何で。どうして。
「あー、なんというか、お気の毒にね諸星狼子。あたしらはもうあんたからは手を引いてやるよ」
 銀島の手が肩に触れる。突然、掌を返しやがって、ふざけた女だ。
 それを振り払い、気力を振り絞って私は口を開く。
「…………おい、何がどうなってるんだ。どうして私はお前らの攻撃を黙って受けた。何で山田は私にあんな言葉を吐
いたんだ」
 銀島は目を丸くする。
 まるで私が不思議な事を言っているかのようだ。
「ふん。"お付きの山田"の方は何が何やらあたしにも見当がつかないが、あんたの方に関しちゃ、決まりきってるじゃ
ないか」
 そして、ふざけた女はさらに言葉を続ける。
 目線は上空を指し、唇の端には笑みを浮かべつつ、

「愛だろ、愛」

 はるか昔に使われた、某アルコール飲料のキャッチコピーを口にした。
 












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