schole〜スコレー〜
三章
それで、コロの宿主ってのはどうやって見つけるんだ?
帰宅後、妹と弟の顔を愛でつつ夕食を終え、風呂に入り一服、俺はタマへとそう質問した。
『先ほど言うたように、コロもわしと同じ存在じゃ。まぁ、コロは右手首なんじゃが。主が左目を失っておったからわしを
はめられたように、コロの宿主も同様に右手首が無いはずなのじゃ。宿主は右手首を無くした男。それを目印に探せ』
ほほう。右手首がないって、そんな怪我してよく助かったなそいつ――――しかしだなタマ、探せっつってもそう簡単に
はいかないだろ。この町にどんだけ人が住んでると思ってるんだ。俺途中で飽きてやめるぞ。
『まぁそうなんじゃが…………宿主の特定はそれほど優先すべき事項ではない。あまり深く考えんでも良い。重きを置
かねばならぬのは、コロ必勝法の考案じゃ』
んー、コロ必勝法ねー。弱点は頭が足らない事以外にないのか?
『ないじゃろうな。かといって、奴に勝てないという事もない。わしも奴に勝った経験は何度もあるしの。どれも作戦勝ち
じゃが』
その時はどうやって勝ったんだ? つうか、その時と同じ方法を使えば勝てたりはしないのか?
『今回は主がわしの体を使うのじゃろう? わしと主では経験の差があるから戦法も変えねばならぬじゃろうに。主、ど
うしてもわしに戦わせる気はないのか?』
まぁな。お前も曲がりなりにも子供だ。人類の宝だからな子供は。アイラブチルドレン。子供同士の戦いなんて俺も見
たくない。だからせめて中身は俺が、て事で。
『よくわからぬ信念じゃのう』
濡れただろ?
『まずそのような発言をしておる時点でありえぬじゃろう』
そうか。次からはもう少しオブラートに包み込むようにしよう。
『本題に戻すぞ。主が肉体を使うとしての策じゃが、ひとまずは武器を使う事から始めぬとな。主、武道の経験は?』
中学の時、一年間剣道やってたぞ。すぐやめさせられたけど。
『剣道か………ん? やめさせられた?』
俺にもいろいろあるんだよ。まぁ気にせず先進めてくれ。
『ふむ。―――コロにも妙な信念があってな。奴は武器を決して使おうとはしない。ま、素手で十分強いんじゃが。それ
を活用できる特殊能力も持っておるしな。しかしその分、こちらは武器を持っておった方が有利じゃ。あからさまに武器 を所持しておったら奴らに警戒されると踏んで先程は持っておらんかったが、コロが相手ならば問題ないじゃろう』
ドラマとかでよく見る、これぞ武士! て感じだったもんなあいつ。刀は持ってなかったけど。あぁ、それと、コロに勝て
ば、あいつちゃんと組織の研究所の場所を教えてくれるんだよな?
『じゃろうな。前もって約束をしておけば、それを破る事はないじゃろう。その辺りはわしに任せておけ』
おっけー。んで? 俺は竹刀を持ち歩けば良いのか?
『わしの姿の時はな。剣道の経験は多少たしにはなるじゃろう。具体的にできるのはそれぐらいなものじゃろうな。策は
わしが考えておく。戦闘中はわしの指示に従え』
おっけーおっけー。
『やけに素直じゃな……………一つ質問して良いか千秋』
何だ? コロに女装をさせるとしたらどんな服が良いかとかか?
『違うわ阿呆。………主、仮にも女じゃろう。その格好は女としてどうかと思うのじゃが』
おおう。
俺は風呂上がりのまま部屋へと戻ったため、タオルを首にかけている他はパンツ一丁である。
――――なるほど! この姿で弟を誘惑しろと言うんだな! タマ超冴えてるぜ!
『話が繋がっておらんのじゃが!?』
マジか。じゃあ俺にどうしろと言うんだ? まさか妹の方か? 別にそれならそれで良いんだけどいけるかなぁ? どっ
ちかというと弟の方が可能性高いと思うんだけど。
『服を着ろと言うとるのじゃ! 主はつくづくどういう神経をしておる!』
だって暑いじゃん。あーあったくこれだから女は。ホント男に生まれたかったぜ俺。知ってるか? 子供が寄りつくのは
可愛い女じゃなくて格好いい男なんだぜ? 小学校卒業以前のお子さんは男の子も女の子も美男子に惚れるもんなん だ! だから俺はこれ程までに努力をしているというのに! ちくしょう! 小学生の男子諸君! もっと性に貪欲に生 きようぜ! もっと開放的に! あと女の子はみんなレズビアンになれ!
『無茶苦茶を言いおる…………』
ふへへ。残念な事に否定はできないけどな。あ、タマ。俺もう寝ていい? いろいろあって今日はもう疲れたんだ。
『おぉ、そうか。そう言うてくれると、わしも主を見張る必要がなくて助かる』
俺にも休息はいるんだよ。それじゃ寝るから俺。おやすみー。
『うむ。…………主、結局その姿で寝るのじゃな』
何かまずいか。
『もう良いわ。寝ろ』
おうよ!
俺は元気にそう返事をし、掛け布団をばさりとかぶった。
朝だ! 気持ちの良い朝だ! 快適な朝だ! 健康的な朝だ!
今日はどんな一日だろう! おらわくわくすんぜ!
『主は毎日毎日そのように五月蠅い目覚めしかできぬのか…………』
まぁ十中八九こういう目覚めだと思ってくれて良いぜ。
『思いたくない………』
でもタマ。昨日は寝てただろ。だったら良いじゃん。別に寝不足じゃないんだし。
『やはり主の動向が気になってな………それほど集中して眠れんかったわ』
うははは、タマはやっぱ不器用な女の子だなー。もうちょっと賢く生きてかないと損だぞ? それに戦闘中もこの調子
じゃ困るぜ?
『わかっておる………じゃから、再度わしは床につく。二度寝じゃ。また学校が終わったら起こせ。良いな』
だーいじょうぶだって! 俺が約束を破るような女に見えるか!?
『あぁ、不安じゃ…………ぐぅ』
よし寝たな。まぁそれなら今日は大人しく学校にGOするか。
俺はタンスから下着を引っ張り出し、ハンガーから制服を抜き取り、それらを早々と身につける。さらに鏡の前で今日
の顔色をチェック。艶々してる。90点だな。ナイスプレー。「あっぢゃぁあああああああああん!!」
今日も玄関先から冬子の声が聞こえてくる。いつもいつも賑やかな奴だ。
俺は昨日同様に窓から顔を出し一言。
「うるせーなー、まぁ落ち着いて台所で待ってろ。すぐ行くから」
そうして俺が窓を閉めようとすると、すかさず冬子は叫んだ。
「違うのぉおお! 急用やのぉおお! それじゃあかんのぉおお! すぐごっぢまで来でぇえええええ!!」
泣き出した。
ホント何なんだあいつは。俺もテンションの高さはなかなかの物だと自負してるが、あいつにはやっぱ勝てないわ。
とにかく、冬子の指示に従い、俺はすぐに階段を降りて玄関の扉を開けにいく。
「それでどうしたって? 生理でも止まったか?」
「ごんだがぁああ! ごんだが事故ったてぇええええっ!! びゃああああぁぁっ!」
おおう俺の小粋なギャグも流すのか。て、ごんだ? 今太か? 今太が事故った?
「冬子。もしかして、今太が事故に遭ったって? それ誰から聞いたんだ?」
まさかまた左目失ったとかじゃないだろうな?
「ごんだがら直接電話で聞いだあああああああっ!」
「じゃあ大丈夫じゃん! 電話かけれるぐらい元気なんじゃん!」
「……………あ、そっか!」
瞬間、冬子の目から涙が消える。拭ってもいないのに綺麗さっぱり隈すらない。こりゃ凄いな。
「まぁあいつの事はほっとこうぜ。どうせピンピンしてんだろう。じゃあ、俺飯食ってるからお前はここで待ってろ」
「え!? 私は外に置き去りなん!?」
「家の中入っても良いけどな。今はまだ俺の可愛い姉弟達が台所でウインナーつついてるんだ。お前俺の弟に少しでも
手を出してみろ! 次の瞬間、お前の首はその体の上には乗っかってねえぞ!」
「怖っ! あっちゃん怖っ!」
「愛するチルドレンのためになら俺は鬼にだってなれるんだよ」
「わお! あっちゃんかっこいいZE☆」
「濡れただろ?」
「超濡れた!」
タマと違って冬子はノリが良くて困る。具体的には対応に困る。
今太に関しては自分で電話してきてるぐらいだし、もしかしたら学校にも来るかもしれない。詳しくはその時に聞き出
せば良いだろう。
とりあえずは飯を食うか。今日は妹達がウインナーをほうばる姿を眺めながら食事ができるしな。
わぁ、おかずいらず! 二つの意味で!
腕がぼきっと折れましたよ千秋さん!
学校での今太の第一声はそれだった。も、マジ、笑顔。冬子の涙は完全に無駄だったわけだ。腕以外は一切怪我を
していないみたいだったし。今太の事だし骨が折れたとしても二、三日で元通りくっつくだろう。全治二週間の怪我を四 日で治した男だからな。
ちなみに過去形なのは、すでに授業が終了して、現在、帰路についているから。今日も妄想は好調でした。
『さて………では、主の家に到着したら早速コロを探しに行くかの』
おぉうタマ。おはよう。もう戦うのか? 策とか思いついた?
『上々じゃ。安心せい』
タマやるじゃん! で、その策とは?
『後で教える。主の方は竹刀の準備は済んでおるのか?』
家の押し入れに昔のがしまってあるよ。鍔とか無くなったりしててボロいけど使えないって事もないだろ。
『主がそう言うのならわしも文句はない。竹刀がどのような状態だろうとわしの策には関係がないしの』
好都合だぜタマ。いつものお前からは考えられないほどの準備万端ぶりだ。
あ、そういや宿主の特定は良いのか? すっかり放棄してるみたいだけど。
『構わんじゃろう。苦労して特定した所で大して意味はない』
ひどいなー。まぁどうせコロ負かせば吐くだろ。
『じゃろうな』
そんな会話が終わると、目の前には我が家。姉弟達はまだ学校だろうから、顔を見る事はできない。仕方がないので
俺は鞄をベッドへと放り、タマの姿に変身し着物へドレスチェンジ。
――――和ロリ美幼女、爆! 誕!
『すでに誕生しておるが』
俺の謳い文句にケチをつけるなよ。ぁあ、それと竹刀持ってこないとな。紐で背中で縛っとけば良いよな? もちろん
亀甲縛り。
『一人で亀甲縛りはできんじゃろうに』
可能ならやっても良いのか。タマも俺に感化されてきたようで何よりだ。
『少し黙れ主!』
タマの言葉を無視し、俺は居間の押し入れから竹刀を引っ張り出す。見た感じ、鍔がない以外に壊れている所はな
い。
試しに一振りしてみる。
……うん。問題ないな。
よし、それじゃ行くかタマ。コロはどこにいるんだ? その辺も考えてあるんだろ?
『いや、知らん』
やっぱタマはタマだな! ぺっ! ちょっと見直して損したぜ! 罰として一分間喘ぎ声を発しろ!
『すまぬ。しかし、昨日のように町の中を歩いておればそのうち遭遇するじゃろう』
行き当たりばったりだなー。お前の策に見落としがありそうで怖いぜ。
『案ずるな。大丈Vじゃ』
死語になってから大分経つぜその言葉。まぁ、それなら商店街にでも行くとすっか。
『や、少し待て。万が一という事もある。先に昨日待ち合わせ場所に指定しておった空き地に行ってみんか』
え!? まだあいつが待ってるっていうのか? マジでか!?
『万が一じゃ万が一。もし本当に待っておったら探す手間が省けるじゃろ。奴もなかなか強情な男じゃからな。あり得る
かもしれん』
いやーそれはないだろ。とりあえずはお前の指示に従うけどさ。
『申し訳ないの』
じゃあ出発だ! …………で、指定してた空き地ってどこだっけタマ?
『忘れたのか!? いや、まさか主、架空の空き地を!?』
――――やー、空き地なんてどこにでもあるんじゃね? と思って。
『やはり適当に言うたんじゃな! 土管が三つ並ぶ空き地などと主は言うておったぞ!?』
あー、そういう縛りがあると存在する可能性低いな。一応行ってみるか?
『…………はぁ。一応、な。行ってみるか』
よし! それじゃあロリっ娘GO! 空き地へGOだ!
『元気じゃのう』
これが俺の取り柄だからな。見てろ! テンションで突っ走って、とっととコロを倒してやるからな! そんでもってその
柔らかな肢体を俺の物にしてやるぜ!
『主は本当に駄目じゃのう』
褒め言葉だね!
いた…………コロはホントに空き地にいやがった。
土管こそないものの、俺が宣言した通りの場所に空き地は存在していたのだ。コロはその中心であぐらをかいて居眠
りをしている。
もしかしてこれはチャンスだったり………?
おいタマ。いっちょヤっとくか? 性的な意味でだが。
『ヤらんわ!! 不意を突く気など元よりない。そのような事をしても研究所の場所など言わんじゃろうからな。良いから
起こせ』
そうか。残念だ。
「おい、コロ。起きろ。起きないとち○こ触るぞ」
俺はコロの体を揺する。
…………起きねえ! これはあれか。マジで触って擦っていろいろしろって事か!?
『違うというに! わしが起こすから代われ!』
はぁはぁ、まずは服を脱がさないとな。本当なら上から順番にいきたいところだが、いかんせん我慢ができない。さあ
短パン脱がそう!
「………ん? おい? 貴様、何してる」
うおお、コロ起きた。最悪。がっかりだぜ。空気読めよホント。
意識も覚醒してるようだし、俺は渋々コロから身を引く。
「…………そういえば貴様! 昨日は用事が済んだら行くと言っていただろう! 遅いぞ!」
「はん! だからようやく用事が済んだんだよ。まぁ、それも作戦だけどな! お前は武蔵と小次郎の逸話を知らないの
か! 武蔵はわざと遅れて巌流島に行ったんだぜ!?」
「くっ………つまり俺が小次郎というわけか。成程。それで、負けるのは俺だと?」
「あ、その悔しがってる顔良いね。超可愛いぜ。いただき! ちょっと写メるからそのままストップな」
俺はいそいそと竹刀袋の脇に挟まれた携帯電話を取り出す。
『主…………そのような事をしている場合ではあるまい』
ちょっとぐらい許せよ。
『前を向いてみよ』
仕方なしに、タマの指示に従い前方を見る。
あ、コロすごい怒ってる。今にも背後から龍でも飛び出てきそうな勢いだ。でもまぁこれはこれで………良いネ!
俺はシャッターボタンを押し、その表情を撮影する。
「貴様の言い分はわかった………遅刻は許そう。だが、俺もこれで手加減ができなくなっただろうが、それでも良いの
だろうな?」
「その感情の乱れがお前の負けに繋がるんだよ雑魚め。あ、先に言っとくけどさ、あれだぞお前。負けたら研究所の場
所教えろよ」
「良いだろう。約束する」
「ちなみにお前が勝った時は、俺の体を好きにして良い。性的にな」
『それは主のではなくわしの体なんじゃが!?』
良いじゃねえかタマ。減るもんじゃなし。むしろ俺の心が満たされるから、どっちかっていうと増えるんだ。勝っても負
けても得だぜ? すごくない?
『すごくないわ!』
「ふん。俺は勝った後の事に興味はない。その条件はつけなくても良いぞ」
「そうか。残念だぜ」
そうしてコロが構えを取ったのを見て、俺も携帯電話を竹刀袋ごと遠くへと放り、竹刀を両手で握りしめる。
「相手を気絶させた方の勝ちだ。降参もあり。それで良いよなコロ?」
「無論」
『千秋。前もって言うておくが、コロの能力は、右手の指を相手へと向け引くだけで自分の方へ相手を引っ張れる事じ
ゃ! 覚えておるな!?』
覚えてるって。心配しなくても、作戦の方もばっちり理解してるぜ。
自分へと相手をおびき寄せられるコロの能力は脅威だが、それよりもタマの能力の方が幾分か凄い。それ程勝つの
に苦労はしないだろう。
「じゃあ、行くぜコロ」
「おう、望む所だ」
「ほんなら、決闘! 開始! だ!」
叫びと共に、俺は竹刀を片手に持ち替え着物の帯に手を突っ込む。
と、うおおぉお!? いつの間にか体が宙に浮いてる! 怖っ! なるほどこれがコロの力だな! 引っ張られる引っ
張られる!
急いで顔を上げると俺の目の前にはすでにコロが迫っていた。コロは目線を下へ向けている。
――――なるほど、タマの能力対策だな。
『千秋! 竹刀を前に突き出せ!』
おうよ!
タマの言葉通り、俺は竹刀をコロの方へと思いっきり突いた。
このままコロに引っ張られると俺の体はコロへと一直線、激突する寸前に殴られてしまう。
しかし竹刀を突き出せば、俺の体より剣先の方が先にコロへと到達し、それを免れる事ができる。
タマの言う、策の一つである。
が、
「ふん」
いとも簡単に避けられる。コロは体を左側にスライドさせたのだ。
「おっとっとぅ!?」
俺の体が地面に転がった。
あくまでコロは自分の位置へと引っ張ってるんだから、コロがその方向からいなくなれば引力もなくなるのである。
もちろん、再度、能力を使わない限り、位置を変えたコロの方へと軌道を変えてさらに引っ張られる事はない。
『攻撃が来る! 上へ飛べ!」
うおおう。
跳躍をし、なんとかコロのパンチを回避。そのままコロの体を飛び越え背後へと回る。
てか拳で地面がえぐれてるんだけど何なんだあれ!
『コロめ…………』
しかしひとまずはチャンスなので、俺はコロの背中に竹刀を振る。
またも簡単に避けられる。
『言うておくがわしの能力を使おうとはするな。その対策は奴もしておる。上手くはいかんじゃろう。主はそうではなく、対
策によって起こるコロの隙をつくんじゃ』
はいはいわかってるぜ。
しかし、コロの能力を俺も警戒していればプラマイゼロだ。逆に奴の能力を利用しようというのがタマの作戦である。
着物の帯の中にはいくつもの石ころが忍ばせてある。コロに引っ張られている時にこれをあいつに向かって投げつけ
れば、エネルギーは単純に考えても倍だ。うまく当たれば気絶ぐらいはしてくれるだろう。
『千秋、どこに投げても奴は丈夫だから死にはせん。思い切りやれ』
だから俺は子供に傷はつけたくないんだって。仕方ないから腹でも狙うけどさ。
『甘いのう』
つってる間にコロが拳を突き出してきていたので、すれすれの所で俺は身を屈める。と同時にコロの蹴りが俺へと飛
ぶ。
あっぶね!
それも何とか後転により切り抜ける俺。
一旦距離を取るか。
背中は向けずに、後方へと移動。二十メートルほど離れた位置で停止する。
これだけ離れていればあいつも能力を使うだろうからな。それが俺の狙い。
―――――ほらね。
再度、俺の体が宙に浮く。さらに数秒も経たない内にコロの方へと加速をつけ出す。
今だ!
「ぶっははははー! くらえストーンクラーッシュ!」
俺は帯の中から石ころを一つ取り出しコロの腹を狙いぶん投げた。
「狡いな」
呟き避けるコロ。
ちっ! 俺は地面をごろんごろん転がる。
起き上がると、俺とコロとの距離は五メートル。
着物ボロボロになっちまったじゃん。
「おい、貴様」
突然コロが口を開いた。
「何だよコロ。戦闘中に会話か? 俺様を甘く見てんじゃねえぜ」
「…………そろそろタマと代わったらどうだ? 貴様では話にならん」
「むっかー! それは俺に対する挑戦だな! そうだな! ククク、中々活きが良いじゃんかよ。勝利後は思う存分お前
を踊り食いしてやるぜ」
「ほざけ」
俺はコロから数歩距離を取る。
と、やはりコロは俺へ指を向け、くいと引いた。
…………石ころ一つで避けられるのならば、あまり気は進まないがやるしかねえな。
俺は帯へと手を入れ、
「おうりゃあ! 大量石つぶてだぜ!!」
その中にある全ての石ころをコロへとばらまいた。これで当たらないって事はねえだろ。
しかし、
「六十点だな」
その全てを、コロは一歩もその場から動く事なく避けきった。しかも、俺と視線を合わせないようにしつつも、だ。
おいおいすげえな。タマの言ってた事はホントだったのか。戦闘狂は伊達じゃない。
「万策尽きたか?」
俺はコロにぶつかる寸前、がしっと頭を掴まれ、思い切り体ごとぶん投げられた。
宙を舞う俺。事故に遭った時を思い出すぜ。気持ちいー……あいだっ! 地面に叩き付けられた。
「もう一度言うぞ。タマと代われ」
「嫌だねばーかばーか! ショタ!」
コロは俺の言葉に応える代わりに、指をこちらへ向け捻る。
けりをつける気か。
しかしそれはこっちも同じだ。
タマから教えられた作戦はこれでほとんど全部使ったが、俺自身の作戦はまだまだ出しちゃいねえんだぜ。コロの弱
点は馬鹿な所だってのに、タマ全然そこをつかねえんだもん。
決めてやるぜ。
俺は体が持ち上げられる前に、地に落ちた竹刀を拾いあげる。
「これで、終わりだ」
コロが何か言ってやがる。おーおー下なんか見ちゃって。そんなに俺に能力使われたくないのか。ふへへ。ちょこざい
な。
そんな事をしても無駄なんだぜ。
徐々にコロとの距離が狭まり………残り十メートルほど。
――――今だ!
「コロ! わしはずっと前から主の事が大好きじゃった! 結婚してくれ!」
俺はタマの口調でそう叫んでやった。
「う……?」
ふははー! 当然こっち見るよなあコロ!
「……あ、し、しま」
コロと目が合う。もう遅いぜ。タマの特殊能力! 発! 動!
左目に念を送り、コロの目をしっかりと睨む。
タマは、左目で相手と視線を合わせる事により、相手の体の動きを数秒間止める事ができるのだ。
――――よし、成功のようだな。俺の左目から何かが吹っ飛んだ感覚がし、コロの動きだけが、周りの景色から切り
取られたようにぴたりと止まった。
チャンスタイム到来!
「必殺! ミラクル超絶火山突き俺様スペシャル!!」
俺は竹刀をコロの腹へと思い切り突き出す。
お前の能力と俺の腕の力とでエネルギーは二倍だぜ!
剣先は寸ぷん違わず目的の部位に命中。
直後、コロは数メートル後方へと吹っ飛んだ。
「どうだまいったかコロ! ふへへへへ! これに懲りたらその肢体を数時間俺へと預ける事だな!」
コロは地面から起き上がらない。
「おいコロ? どうした?」
俺はコロへと近づいてその顔を覗く。
「か、顔を寄せるな」
ん? ま、まさかこいつ………!
「うおぉ! て、照れてやがる! かわいいいいいいいいいっ!!」
思わず俺はコロの顔に頬ずり。
すぐにコロに押し飛ばされ尻餅をついてしまった。いたい。
「…………名前も知らんが、貴様。俺の負けだ。降参する。あれほど完璧に決められたら文句は言えまい」
「そうしろそうしろ。決闘なんかしても双方怪我をするだけだぜ。こんな綺麗な体に傷をつけちゃ駄目だ! というわけで
早速その柔らかな素肌を拝ませてもらっても良いかな?」
ふへへへ。舌なめずりじゅるり。
コロの目つきはいつの間にか未知の生き物を見るものに変わっている。そんな目をしてられるのも今の内だぜ。始ま
ったらすぐによくなる。
『…………千秋。少しわしと代われ』
ん? タマ?
あんだよ。止めようったってそうはいかないぜ。
『代われと言うとる!』
うおわわわっ!? 何か体の支配がっ!! まさか俺の欲望が負けた!? 馬鹿な!! タマどんだけ本気なんだ
よ!
「あ、あー」
―――タマの声だ。俺が出してるわけじゃない。紛うことなき、タマの声。
「コロ。わしじゃ。タマじゃ」
「………タマ。裏返ったか」
タマはコロの言葉を聞くと大きく息を吸い、そして力の限りに叫んだ。
「コロ! どうして手を抜いた!」
………は? コロが手を抜いてた? あれで?
「いつもならば主はもっと勝ちに貪欲じゃろう! こんな事で負けを認めはせぬし、相手の頭を掴んだのに投げ捨てる
だけなど以ての外じゃ!」
「…………………」
コロは沈黙。
「それに主、左手を全く使っておらんかったじゃろ! コロ、主の利き腕は左手じゃ。右手で敵を引き利き腕である左手
で殴るのが主の基本戦術。何故に手を抜いた!」
「…………………」
コロはタマの言葉に応える気はないらしいな。ふむ。
あー、あー。タマ。ちょっと良いか。
『何じゃ。今わしはコロに怒っておるのじゃ。主の相手をしておる場合ではない』
コロさー。タマに惚の字なんだよ。
『…………うん?』
いや、だーかーらーさー、それだから俺の言葉であんなに動揺したのこいつ。好きな相手にそんな酷い事できないだ
ろ? 手を抜いてたってんならそれが理由さ。今まではどうだったのか知らないけど、とりあえず今日のところは負けよ うとしてたんじゃね?
「そ、そうなのかコロ? わしに惚の字なのか?」
「…………………………どうだって良いだろう」
そっぽを向くコロ。かわいいいいいいいいいっ!! やべえ! ショタの魅力ってこういうとこにあるよね! 堪んね
え!
「し、しかし主、これまではわしに手を抜いた事などなかったじゃろう。何故今回に限ってそのような事」
「…………………………俺が負けたら、研究所の場所を言うんだったな」
「いや、わしが聞いておるのはそうではないんじゃが」
むっはー! もう我慢できねぇ! タマ! その前にこいつの体を弄くり回すんだ! 早く! いけ! 押せ! ヤれ!
「千秋! 少し主は黙っとってくれんか!?」
「……………………千秋、だって?」
おや? なんか、コロの様子がおかしい。これからだっていうのにどうした。
「う………」
頭を抱えて呻きだした。何だ何だ何だ!? 勘弁してくれよ! これ以上お預けはごめんなんだ!
『ぬ、主、コロに何かしたのか?』
してないよ! 今からするんだよ! 失敬な!
そして、次の瞬間、がばっとコロは顔を上げ、
「は、萩本さん! やっぱりあなたは萩本さんなんですね!?」
その口から、そんな言葉を発しやがった。
―――――この喋り方、まさか、いや、もしかしたらとは思っていたが。
「僕です! 朝野今太です! わかりますよね!?」
自分の顔を指さし、そう宣う、幼なじみの馬鹿が一人。あぁもう。
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