schole〜スコレー〜
五章
俺がまだ中学一年生、性癖がまともだった頃の話だ。
恥ずかしながら俺は近所に住む高校生に惚れていた。俺の黒歴史ってわけだな。
『黒歴史は現在じゃろう……どう考えても。ちなみにその高校生は女か?』
男だよ。性癖がまともだった頃っつってんだろ。
ま、そんで、けっこうな勢いで俺はそいつにベタ惚れだったわけさ。チャラチャラ今時中学生? みたいな? 何か、あ
れだね! その時、俺、剣道部でさ! それもやめちまいそうな勢いだったね! 愛しすぎて! マジきもいぜ俺! 死 んでしまえ!
『いや、普通じゃろ』
まぁ聞いてろって。それでだな、ある日曜日の夕暮れ。俺と今太の二人は放課後ゲーセンに寄って帰ってきたところ
だった。その時にウチの近くの市民運動場からさ、泣き声が聞こえたんだよ。
『泣き声?』
…………俺の、弟のな……!!
よくある話さ! 場所取りのいさかいって奴だよ。俺の弟が遊んでたのに、強引にその場所を奪いやがった奴がいた
のさ! それが! あの! 俺が惚れた高校生とその仲間達だったんだよ!
『なんとまぁ』
不覚にも、俺はそいつにラブだったから殴りかかるのに躊躇しちまった。今太もそれを知ってたからな。自分がいかな
きゃと思ったんだろ。一人で高校生三匹相手に殴りかかっていった。当然、負けた。
俺はそれを見て、ようやく怒りゲージがラブゲージを追い抜いてな。部活で使ってた竹刀片手に斬りかかったね。
そしたら勝った。
『強いな主………』
心躍るだろ?
後日、竹刀使って暴れたってのもあって俺は剣道部を辞め、ついでに今太の馬鹿から告白されるようになったってわ
け。
『なるほどのう…………て、もしかしてそれが原因で主の性癖が?』
ん? 確かにそれからだな、大人嫌いになったのは。…………おぉ。そうか。今ようやく気づいた。ふむふむ切っ掛け
はあれだったんだな。
自己を見つめ直す事ができて俺は満足だ。
あのカス野郎にも感謝しないとな………………俺は本当の美というものに気づけたのだから!
『完全にもう吹っ切れておるんじゃな……』
当たり前だろ。あれからどんだけ経ったと思ってる。まぁ、数日間はけっこうダメージ受けてたけどな。
で、研究所はまだかよ?
我が家から出発してすでに三十分は経過している。しかも小走りでだ。
『もうすぐじゃ。案ずるな。主はコロに付いていきさえすれば良い』
余計な話をせず戦いに集中したいのか、コロはさっきから口を閉じたまま、黙々と歩を進めている。どんな時でも戦闘
狂は戦闘狂だな。
ただ、そろそろ打ち合わせぐらいはしとくべきだろう。
「おい、コロコロ。とりあえず、俺は研究所の所長をぶちのめしに行くつもりだが、お前はどうする? 俺としては代わり
に捕まってる奴らを牢屋からまとめて解放しといてくれると万々歳だ」
「二手に分かれると危険ではないか? 行動は共にした方が安全だろう」
「いや、敵の脳みそもところてんじゃないからな。手を打たれる前にさっさと殲滅しとくべきだよ」
「………貴様がそう言うならそれに従おう。だが、途中までは同行させてもらう。道順は変わらぬからな」
「なかなかの忠義心だコロ。将来に期待だぜ」
『馬鹿な事を言っとるうちに――――見えたぞ千秋。研究所じゃ』
おお……想像よりもでかいじゃんか。
百メートルほど先、丘の中腹にそびえる研究所は四階建てほどの高さ、市立体育館二つ分ほどの広さを持っていた。
掲げられた石碑には【高エネルギー保有体研究所】と彫られている。高エネルギー保有体ってなんだ。
『主らの事じゃよ。付け加えるならば、高エネルギー体とはわしらの事じゃ』
センスあんまり良くないな。もうちょっと捻ったり、しっくりくる名称付けしろよ。ファンタジーオブロリータとか。
『それもどうかと思うが、頭の固い連中じゃからの。さ、では』
おう、高エネルギー保有体研究所抹消計画、始動だぜ。
『寸前になってからで悪いが、雀の涙ほどでも躊躇いの心があるのならば、強制はせん。止めても良いぞ』
なーに言ってやがる。今更お前の忠告なんか聞けるかよ。言う通りに動いて成功したためしがねえ。
俺は、俺の目的を果たすために、行動するだけだよ。
『恩田冬子を救うという?』
はっ。そこは言葉を濁しといた方が格好良いんだぜ。
男なら、黙して語れ。だ。わかったか。
『主は女じゃろうに………』
――――とにもかくにも、俺の戦いはいよいよ本番へと移行した。
「タマビーム! アーンド、コロパーンチ!」
俺とコロの二人(もしくは四人)は、出現する研究員を次々と薙ぎ倒しつつ狭い通路を突き進む。
基本戦法はこうだ。俺がタマの超必で敵の動きを止める。それをコロが自らの超必で引きつけ殴る。その間に俺は次
の敵の動きを止める。以上を繰り返し繰り返し。
非の打ち所のない完璧な流れである。俺の頭脳はスーパーコンピュータはゆうに越えてんなー。
すでに十人ほどは気絶させたはずだ。残りは何人だろう。というか、ここにはどのくらいの人間がいるんだ?
『おそらく五十人もおらんじゃろう。…………もし、わしらの仲間が裏切っておった場合には、その数も変わるが』
コロの例もあるんだし、仲間を信じてやったらどうだよ。慎重深さも程々にしとくべきだぜ。
『肝に銘じよう』
まーた、そうやってきかねえんだよなタマは。
「タマ。…………いや、今は千秋といったか。そろそろ分かれ目だ。この先のT字を俺は右に行く。貴様は左だ」
ふむ…………自分から話を振るとは、コロにしては珍しいな。
「おいホントかコロ? お前のへぼい嘘なんて俺にはお見通しなんだぜ? 進む道を逆に言ったりはしてねえだろう
な?」
「………………………」
的中か。全く、妙に格好付けやがって。かわいいけど。
「じゃ、俺が右でお前が左な。ちゃんと冬子助けとけよ。もし俺の命令に背いたら後でぶっ飛ばすからな。たとえコロでも
容赦はしねえ。まぁついた傷は俺が舐めて治してやるが」
「――――俺が、左だな」
「わかれば宜しい。ほんなら、しっかりな」
T字路。俺は右へと曲がる。
「貴様も、油断するな。何が起こるかわからぬ」
「心得てるっつーのー」
俺はコロに背を向け、再度、廊下を走り出した。
床も壁も素材は無機質なコンクリート。そして、そんな左右の壁には所々扉が点在しており、時たま中から研究員が
モップやら注射器やらを持って襲いかかってくるので、それを避ける―――後に殴り気絶させる。ホントしつこいな。
やがて、所長室へと続いているであろう螺旋階段へと辿り着いた。
この先だなタマ?
『おそらくな。詳しくは知らんが』
まぁただの確認だから良いさ。きっと合ってるよ。
鉄製の階段に足を下ろすと、金属特有のカン、という高い音が鳴った。その音はほわんほわんと上へ反響していく。
首を反らし階段の続く先を見上げてみると、どうやら螺旋階段は相当高くまで繋がっているらしい。
いいね。ラスボス戦みたいで。血湧き肉躍るわー。
俺は階段を駆け始めた。が、タマの体じゃ足が短すぎて一段ずつしか上れない。
『悪かったの』
けなしてねぇよ。褒めてんだよ。あふれんばかりのロリボディを褒めてんだよ。
『あまり伝わってこんかったのじゃが』
俺には俺なりの褒め方があるんだからちゃんと読み取ってくれよ。
だんだんと階段の切れ目が見えてきた。のこり十数段で最上階だ。
…………ん? 上に誰かいるな? 髪の毛のような物が少し見える。
お、おぉぉ……!! おいおいあれは、まさか……!
そのさらさら黒髪ヘアーは左目を少し隠し、しかしさほど長くもなく、その鼻は日本人離れした高さを有し、しかし他の
パーツの邪魔をするほどでもなく、その右目の鋭さは意志の強さを感じさせ、しかし嫌な印象を与えず――――つうか もう全てのパーツを形容するのが煩わしい!
とにかく俺への貢ぎ物パート3! 第二のショタっ子がそこには立っているわけさ!
しかも知的眼鏡ショタ! やっほい!
さ、タマ! 俺の聞きたい事はわかるな!?
『…………こやつが何者か、じゃろう?』
違えよ! この子の性癖だよ! なんだよもう見損なったぜタマ!!
『それはこっちの台詞じゃが!?』
やれやれ。もう良い本人に聞く。
「やあ、君、えーっと、何くんかな? とりあえず知的眼鏡君とでも呼ぼう。好きなジャンルは? あ、そうだ。ちなみに異
性が好きなの? もしかして男の子ラブとか?」
「――――君は、タマじゃないのかい?」
「お! なかなか良い声だね! その年にしては成長してる。イメージ的に外見+三才ぐらいかな?」
「宿主の意識が勝っているのか。私が生きてきた中で、初めて見るね」
「一人称、私なんだ! 良いね! キャラに合ってるよ! 喋り方もまずまず、及第点だよ!」
『毎度の事じゃが話が噛み合っておらんぞ。それと、話し方が捕食モードになっておる。やめい』
おお。ホントだ。
「あ、それで、お前なんて名前なの?」
「本居中だよ。仲間からはチュンと呼ばれる。君は?」
「萩本千秋だ。千秋と呼べ。俺はチュンチュンと呼ぶから」
『チュンは仲間内でおそらく一番頭が良い。頼りになるぞ。性格はあまり好ましくないがな――――しかし、少し気になる
点があるんじゃが』
んだよ? つうか、今そんな事言ってる場合じゃなくねえか? ラスボスは目の前なんだし。
『ふむ、それはそうじゃが』
チュンは、所長室の前に立っている。
もし、所長がこん中にいるんなら、これで終いだ。まさか、特殊能力を持ってる人間二人がかりでかかって勝てないな
んて事はないだろう。
「チュンチュン、お前も所長ぶちのめしに来たんだよな?」
「そうなるね。それと………チュンは一度にしてもらいたい」
「どうしても嫌だってんならチュンと呼ぶが。まぁ良い。それなら敵さんが逃げないうちにさっさと襲撃しとこうぜ。俺たち
の今後についての話は後だ」
「―――――では。君からどうぞ。私の能力は実戦向きではなくてね。君の力の方がこの場合、役に立つだろう」
ほほう。レディファーストってわけだな。紳士じゃねえか。
『違う気がするが』
「それじゃ、お言葉に甘えて」
俺は鉄製のドアノブを捻り、力任せにドアを押し開いた。
中には、十数人の研究員が手に手に武器を持ち待ちかまえていた。
人数多すぎだろ………一応、所長の姿も見えるが。部屋の奥に値のはりそうな机があり、そこに中年の男がひじをつ
いて座っている。
やってらんねー、とか文句ぶつくさ言ってても仕方ないしな…………ここまで来たらやるしかない。幸い、こっちは二人
だし。勝率は五分五分。ぐらい。
さて、まずはこいつらの動きを片っ端から止めて、と。
「おっと」
んぉっ!?
なんか突然背後から蹴りを入れられたような!? ていうか実際入れられた! 俺倒れてるし!
背後にはドアとチュンしかいないはずだが!?
て、いやいやドアは蹴りなんかいれないし………となると、
「ばーかだねぇ。タマも、その宿主も。――――いや、タマの方は相変わらずといったところかな」
チュンは、口の端を歪ませ、そう笑っていた。
ご丁寧にチュンの後ろにはこれまた十数人の研究員が。
『裏切ったかチュン……!!』
お前の仲間ほんと駄目だな!? こんなんばっかかよ!? こりゃ信用できねえぜ!
俺が顔をしかめていると、チュンが不意に高笑いを上げた。
「……はは、笑える笑える。いつも私の言葉にはころりと騙されているよなタマ?」
うわ! チュン性格悪そうだな!? でも萌える! 悪ぶる知的ショタは結構好みです! わっほい!
『主の戯れ言は置いておいて…………先程も言ったじゃろう。こやつは仲間内では妖怪・悪魔舌と呼ばれておるのじゃ
ぞ?』
いやそれはそれでひどすぎるぜ? お前らがそんな渾名付けるからこいつグレたんじゃねえの? かわいそうに。
『ではタマのタマによるチュン情報を披露しよう。ある時、コロが裏山で怪我をしていた子犬を拾ってきた時の事じゃ。コ
ロはその時、子犬を育てる力を持っておらず、それどころか怪我を治す事もできなかった。じゃから仕方なく、歩く辞書 の肩書きも持つチュンの元へと行ったそうじゃ。そこで、助けを求めてきたコロにチュンはなんと言ったと思う?』
誰が助けるか自分で何とかしろよ。とかか?
『いや。鍋を持ってきて、【これでゆでてみたらどうだい。半分は喰わせろよ】と言ったそうじゃよ』
血も涙もない!! くそっ! まさか知的クールじゃなくて冷酷キャラだったとはな!
『じゃろう? だから警戒せよと言ったのに主は………』
え? そんなの俺一言も聞いてないぜ?
『わしの言葉を主が遮るからじゃろう。…………しかし、何故裏切ったのじゃチュンは。こやつは誰かの下につくのを良
しとするような奴ではないはずじゃが』
んー、俺もなーんとなくそんな印象は感じるな。
「おい、チュンチュン。裏切った理由を一文字で言え」
「チュンは一度にしろと言ったはずだがね。そして、裏切った理由は――――ふむ、一文字か。ならば、欲、かな」
わかりやすっ!
「あ、でも、お前は人に命令されるのを嫌うってタマが言ってるぜ?」
「……ん? あぁ、気づいていないのかね。すでに研究員は全て私の配下にある。実質、私がここを支配しているという
わけだよ」
「は? 何? どういう事?」
「………………タマに聞いてみてはどうかな?」
おい、タマ。このショタっ子お前に聞けって言ってるよ?
『タマのタマによるチュン情報2じゃな。チュンの能力を説明しよう。チュンは指を相手の口に突っ込むと、その人物を従
える事ができるのじゃ』
最強じゃん! それあれば他の能力いらねぇよ!? ていうかお前もうちょっと事前に情報教えてくんね?
『今度からそうする』
いつにも増して適当だなぁおい……。
『この状況ではな………次があるかどうかもわからんし』
まーなー。でもそれにしたって投げやりすぎるぞタマ。
「さて、君は、萩本千秋、だったね。どうする? 無駄だとは思うが抵抗してみるかな?」
「は! お前の能力は実戦向きじゃねぇだろ。さっき自分で言ってた通りだ。周りの研究員もこんだけ狭い中じゃあ混戦
になるだけだし。全然これっぽっちも無駄じゃあないぜ」
「……おいおい。その頭の中には何が入ってるんだい? これらの研究員が、君と闘うための要員だとでも思っている
のかな? これはただ威圧目的に用意しただけだよ。この研究室にいる人間は総勢四十名しかいない。君に倒されて いない、全ての人間が今ここに集結しているわけだね」
―――お? てことは、牢屋に向かってるコロは今フリーって事か?
「………はは。希望が見えた、という顔をしているな。そこが君の馬鹿な所だと気づくべきだね。そちらに私が手を回し
ていないはずがないだろう」
「でも研究員はみんなここに集めたって…………あ、まさか」
「そう。あらかじめ能力を持った同士も収集している。適当に見繕った研究員を宿主としてね。並の人間ではコロに手も
足も出ないからな――――さて、ここまでくれば君のようなカスでもわかるだろう?」
………嫌な奴だなホント。さすがにここまで来るとマイナス点だ。
「コロと、冬子を人質にとってるって事だろ。だから俺は手出しができないと」
「ご明察」
はー。どうにもこうにも。八方塞がりだな。
『千秋。手はあるか?』
元々策士はお前だろタマ? とりあえず、ぱっと出てくる策はねえ。ひとまず時間稼ぎをしないとな。その間にじっくり
考える。お前は俺にありったけの情報を与えろ。少しは役に立つかもしれないから。ていうか、入れ替わるからお前チ ュンの相手してろよ。そういうのお前のが適任だろ。顔見知りなんだし。
『…………わかった。しかし、五分も持たんかもしれんぞ』
もうちょっと話に花咲かせて頑張れ。
『わしチュン嫌いじゃし………』
そういう問題じゃないだろ! もう良い! ほら裏返るぞ!
「あー、あー、チュン。とりあえずタマから直接お前に話があるらしいから一旦代わるぜ」
「…………ほう、ま、聞いてやらん事もないかな」
そして、めきめきと俺の意識は体の奥へと沈んでいく。
思考モード――――突入である。
さて、まずは情報を整理しよう。打開策の考案はそれからだ。
現在、俺は研究員二十五名、+所長&チュンに囲まれている。牢屋付近では、コロと冬子がチュンに操られたタマの
仲間により人質にとられている。
言うなれば二重に俺は拘束されてるわけだな。俺一人でここの研究員全部を相手にしろって言われてもそりゃきつい
し、それ以前に人質がいるんだから戦いにも持ち込めない。
補足事項として、チュンの能力は相手の口に手を突っ込むとそいつを手下にできる。俺もそうされる危険があるって
事だ。時間の関係上、コロ達もすでに操られてるってのがないのだけは幸運か。
「チュン。わしじゃタマじゃ。主に一つ聞きたい事がある、答えてくれるな?」
タマがようやく話を切り出したようだ。ずっと沈黙を貫いててくれてもそれはそれで時間稼ぎにはなったんだけど。ま、
こいつらの会話から得るものもあるかもしれない。少し耳を傾けてみるか。
「聞くだけならいくらでも」
「…………主、どうやってその体を得た」
「方法としては一つしかないと思うがね? 君たちと同じだよ。君も、萩本千秋の左目に自らを宿らせたのだろう?」
「主の場合それが不可能じゃから問うておるのじゃろう!? わしの質問の意味ぐらい頭の良い主ならば察しておるじ
ゃろうに!」
お? 不可能?
「ふむ、回りくどい会話はやめろと。だが、これが私の性分なのでね」
「…………わしは、左目。コロは、右手首。そして主は―――――脳! 脳じゃ! 左目なら良い。右手首もまぁ良い。
しかし脳を失った人間など存在しとるわけがないじゃろう!」
ほほう。脳か。そりゃまたグロテスクな存在だなチュン。
「先入観は良くないなタマ。本当に君は頭が固い。柔軟な発想が迫られる場面は案外多くあるものだよ」
「早く問いに答えんか!」
憤慨タマ。チュンの言葉ももっともである。
「………詳細に話すと少し長くなるが。元々、そこにいる所長が何のために組織に入ったのか、というのがあってね…
……いや、手短に言わねば君の怒りは増すだけか。ま、詰まるところ、所長は脳死状態の息子を助けたかったのだ よ」
「脳死?」
「タマ。脳死と植物状態の違いはわかるな? 植物状態には回復の見込みがあるが。脳死には全くそれがない。言葉
通り、完全に脳が死んだ状態と言えるね」
「………脳が死んでおるのならば、代わりの脳を用意すれば良い。しかし、現代の医学では脳の移植などできるはず
がない」
「そこで、私の出番というわけだよ。私たちのような存在ならば、技術的な問題は一切パスできるだろう?」
「狂気の沙汰じゃな。じゃが、それでは所長の息子の肉体は」
「外見は私になり。精神も私だよ。はは、所長は何がしたかったのか。所長の息子、達夫君と言うのだがね。彼は今、
この肉体の奥の奥で眠っている。彼と会話が可能なのは私のみさ。所長は彼と接する事はできない。気弱な少年だし ね。私に精神で勝るはずがないよ」
裏を返せば、まだその息子さんはチュンの中で生きてるって事だよな。ふむふむ。それはそれは。策のためのパーツ
一つゲットってとこだな。
「じゃ、じゃがその、達夫くんには脳がないのでは」
「は――――ははははは! タマ。自分の存在を顧みてはどうかね? 我々だって、脳を所持していないだろう。私以
外は全員ね」
道理だ。タマはチュンの意見を聞くべきだな。ほんと頭が固い。まぁそこがタマの萌えポイントなんだけども。
「タマ、君と裏返ったという事は、もしかして今頃、萩本千秋は足りない頭で策を捻り出しているところかな? では、少
し絶望を煽ってみようか。私に少しでも近寄れば周りの連中はすぐさま君と、牢にいる二人の人質に襲いかかる。その ように命令してあるからね。再度、私が止めろと命令を下さないかぎり、その動きが止まる事はないよ。つまり、わかる ね? 私一人を殺したところで、全く意味はない。そのような融通の利かない能力ではないのだよ。一度下した命令は きちんと遂行するようにできている」
なるほど俺の暴力では絶対に解決はできないと。なんとかしてコロが拘束から抜け出してくれりゃ何とかなるんだけど
な………いや、待てよ。ホントにコロは人質にとられてんのか? あながちチュンの嘘って線も捨て切れないんじゃない か?
タマ。その辺聞いてみろよ。
『………うむ』
「チュンよ。本当にコロは主に囚われておるのか? 主の嘘じゃと、千秋は踏んでおるのじゃが」
「もっともだね。おい、そのモニターに地下の映像を回せ」
チュンが近くの研究員を右手で仰ぐ。と、壁にかけられた液晶モニタに鎖で縛られたコロと冬子の姿が映し出された。
興奮する。
「………確かに。人質となっておるようじゃ」
「萩本千秋。最後にもう一つ。私はこの研究所を掌握しているが、組織全体としてのボスではない。ここを潰せば、他の
研究所から増援が大量に現れるだろうね。聞いているかもしれないが、全国にはここ以外にも多くの研究所が点在して いるのだよ」
…………そういえば、出発前にコロからメールでそんな事聞いたな。
だが、それは俺に対する牽制にはなってない。むしろ好ましい状態だ。OKOK。確認ありがとうチュン。
タマ。お前、他に何か役立つ情報持ってる?
『…………チュンは猫科の生物が苦手じゃ』
今必要とする情報をおくれよ。
『わしの勘じゃが、チュンもわしに惚れとる』
お前の自惚れはどうでも良いよ。今必要な情報をよこせってんだ。
『………………あとは、そうじゃな。チュンの能力は指を相手の口に入れるだけである程度までは自動的に発動するら
しい』
ある程度?
『そうじゃ。ま、奴の指には気をつけろという事じゃな。チュンが適当に指を動かし、偶然主の口に入っただけでも、終わ
りじゃ』
―――――――――ほうほうほうほう。うっひゃっひゃ。
少しずつ見えてきたな糸口が。
というか、答えは出た。
全部の情報を繋げてみると、これしかない。
策は一つ。決まりだ。
………おぉ、なんて幸運の持ち主なんだ俺は。考えれば考えるほど、俺の目的を見事に叶える策だぜ。それどころか
ついでに皆の願いまで満たしている。かんっぺきだ。何の文句もない。
重要なのは解決への流れだな。そこを誤るとちょっと面倒な事になる。ま、後から何とかできなくもないが。ふんふん
ふんふん。
よし、できた。
タマ。タマタマ。俺と代われ。策ができたゾー。
『本当か千秋。また嘘をついておるのではないだろうな?』
んなわけねえじゃんか。大船に乗ったつもりで俺に任せとけよ。なんならジェット機に乗ったつもりでも良いぞ。絶対に
上手くいくから。
『自信過剰ではないか?』
ではないぜ。ほら代われって。
『おうっ!?』
俺が力むと、徐々に五感が現実的なものに戻されてくる。
目の前には、チュン。その顔を俺は歓喜の表情で睨む。
さーて、念のため、一つ質問をしとかなきゃな。
「おいチュン、クエスチョンおっけー?」
「萩本千秋に戻ったのかね。何だい? どうせもうこれで終わりだ。大抵の事なら答えてやるがね」
「その、所長の息子の達夫君って何歳?」
「十歳だよ」
「ナイス! 完璧だ! 素晴らしい! ワンダホー! サンキュー! わーお!」
『主は何を喜んでおるのじゃ!?』
うははははー! 全く天国だなー!
「完璧とは? どういう意味かな?」
「タマ! お前の仲間も大した事ないな! これで一番賢い男だと? こんなんじゃ俺様から勝利をもぎ取れやしねえ
ぜ。チュンチュン! お前の作戦にはおーきな穴がある!」
「ほう。どこにあるのかな?」
「いやそうほいほいと言うわけねえだろ。ま、全てが終わった後、お前は自らの愚かさに気づくだろうさ」
「言っておくがね。私は君が思いつくような手段には全て対策を施してあるんだよ。その上で、君はそれを実行に移すと
いうのかい?」
「ははは、好きなだけほざいてろよチュン」
勝率はおそらく八割程度。それだけあれば、策としては十分使える部類に入る。
タマの目的は仲間を救う事。
コロの目的も仲間を救う事。
チュンの目的は組織を乗っ取る事。
所長の目的は息子と話をする事。
俺の目的は―――――おいといて、とりあえず冬子を組織から逃がさなければならない。
今太はまぁほっとこう。
そんで、これらの目的全て、俺なら叶えられる。
『千秋。してその策とは?』
なーにタマは指くわえて見てるだけで良いんだよ。大それた事はしない、勝負は一瞬で決まるさ。
萩本千秋様の格好良さはこんな事のために存在してるんじゃないからな。
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