schole〜スコレー〜
実際の時間に換算しておそらく一時間経過。
ガキは十五分ほど前から休憩っつってゲームやり出した。
水梨さんはレポートやってる。
埴岡さんは疲れ果てて寝てる。
トワイは漫画読んでる。
俺は竹刀振ってる。
「これどう考えてもおかしいだろ!」
「うるさい! 静かにしろよ明里君! ここには勉強している人間や寝ている人間もいるんだぞ!」
「…………お前さ、それはひとまず良いとしてさ。漫画読んでる奴とゲームやってる奴はどうなんだよ? つうか何で言
い出した奴が練習しないわけ?」
「ボクは顧問監督だからな。練習をする必要はないんだ」
「お前も大会に出るっつってたじゃねえか」
「はぁー、全くわかってないな明里君は。そもそも一日練習したぐらいで何かが変わるわけないじゃないか」
「言ってる事がちげえよ!」
これにはさすがに怒るしかない。
竹刀をトワイの頭に振り下ろす。
「ド、ドメスティックバイオレンスだ…………」
「全然家庭内じゃねえよ!」
「いや、今日から家族になったじゃないか」
「……………………」
何か一本取られたようで悔しい。
「あー………つうかさ、やるからには本気でやれよてめえ。もう後戻りできないんだろうが。このままじゃ明日一日ぐだぐ
だで終わるぞ」
俺の言葉にしばし沈黙するトワイ。
「………………………………感動した!」
「ネタが古いな!」
「まさか明里君がそこまで真剣に考えていたなんて。恐れ入ったよ。ボクは激しく感銘を受けた。………やれやれ、しか
し明里君がそこまで言うんじゃ仕方ないな。これはボクも協力せざるを得ないね」
これじゃまるで俺が首謀者みたいだ!
「石田邦公召喚!」
トワイがそう叫んだ瞬間、もくもくと辺りに煙がたちこめ出す。
まさかこいつ……………邦公を仲間に加えようってんじゃ。
「…………あれ? ここ昨日の………」
しばらくして煙の中からそんな声と共に邦公が現れた。
右手には箸が。あぁ、飯食ってたんだ…………。
「こんばんは石田君! 今暇!?」
「それは呼び出す前に聞けよ!」
飯食ってたんだから暇なわけねえだろ!
邦公は邦公で、一瞬で事態を理解したようだ。
「あ、こんばんはトワイさん。これは何の集まり? もしかして明日の大会、トワイさん達も出るの?」
そんな事を言ってやがる。……まあ、そこら中に剣道の胴着が散乱してるしな。
「ふふん、まぁな。出場するからには当然、優勝を狙っている。個人戦、団体戦、共にだ」
またも言っている事が違う。
こいつどんだけ気まぐれなんだよ……。
「でも僕は路府高校の方で選手登録してあるんだけど」
そりゃそうだ。邦公が俺らと一緒に大会に出るのは不可能だ。
「いやいや、その点は心配ない。石田君は我々に稽古をつけてくれるだけで良い。明日の朝までみっちりしごいてくれ。
明里君もさっきからやる気満々だしな。ボクは、彼さえいれば優勝は間違いないと思っている」
「何でそんなに高評価なんだよ!?」
「え? 夏太郎って剣道得意だったっけ?」
「得意じゃねえよ! 初心者だよ!」
「あ、でも夏太郎なら頑張れば一から始めても普通にいけるかもしれないね」
この超超楽観主義者が…………。
しかし、そんな邦公の言葉を信じたのか、トワイは自信満々そうに胸をはっている。
いや、いけるわけねえからな?
「ふふん。どうだ! ボクのおかげで希望が見えてきただろう!」
見えてこねえよ………お前のおかげでもねえよ。
俺の呟きも無視し、トワイは机の上に立ち、高笑いをしている。
「ははははははははぶふぅっ!!」
「うるせぇええ!!」
いきなりトワイが机からずり落ちた。何が起こった。
「もう少し静かにできないわけ!? ホントいい加減にしろよ!?」
水無さんだった。いつの間にかトワイの背後に回っていた水無さんがその頭に拳骨を振り下ろしたのだ。
「な、な、な、何が起きた! て、敵襲!?」
トワイが激しく動揺している。
「レポートやらせてくれるって言うからOKしたのにあんたらの声がうるさくて集中できやしない!」
お怒りだ。水無さんはお怒りになっていらっしゃる。これは大人しく謝った方が良いぞトワイ。俺も一緒に謝るから。
このままだと水無さん本気でぶち切れますよ。
しかしトワイは、何を勘違いしたのか、こう言いやがった。
「な、ななな! は、花! ペナルティ追加! これでペナルティ2だからな!」
―――――――――雷が落ちた。
何の進展もないまま朝を迎えた。
結局、真面目に練習をしていたのは俺のみ。邦公は宣言通り、みっちり俺をしごいてるだけだったし。水無さんは機
嫌を損ねてずっとネットサーフィンしてた。ガキは適当に竹刀を振って、あとはひたすらゲームやってたし。トワイは見て るだけ。埴岡さんは可哀想に風邪を引いた。
各自、睡眠時間は十分に取っていたが。
ちなみに邦公は六時頃、俺ん家で朝食を食べ、部の仲間の元へと向かった。
現在時刻、八時。
「なぁトワイ。言いたい事は山ほどあるがそれは置いておいて、とりあえずだ。埴岡さんの代わりはどうするんだ? 四
人になっちまったが」
「…………ふふん、大丈夫だ。手は打ってある。こんな事もあろうかと事前に補欠を用意しておいた」
「ほ、補欠………?」
補欠って誰だよ………。
「そうだ。補欠だ。彼には先に会場へ行ってもらう手はずになっているから心配するな」
「普通に心配だな……」
「さぁ、それじゃ我々も会場へ向かおうじゃないか! とう! ワープ!!」
トワイが叫んだ瞬間、またも体が宙に浮く感覚。
もうこれにも慣れてきちまったな……。
しかし、前回とは違う部分がある。
暗闇の中にいるのは俺一人ではないのだ。五人、全員が同じ空間の中にいる。
俺は斜め前方に位置しているトワイに話しかける。
「おいトワイ。今回は全員一気に飛ばしてんのか?」
「そうだ。同時転送だ」
―――――同時転送ね。便利なこった。
つうか、これ全員同じ場所に着くんだよな? 何故に埴岡さんも会場に連れて行くんだろう。病院に連れてってやれ
よ。
光が見える。
着地場所は大会が行われる体育館の駐車場だった。
「よし、それじゃあ行こうか。補欠君が二階席を確保してくれているはずだ」
「受付はどうなってんだ?」
「それも補欠君が済ませているから問題ない」
優秀だな補欠君。
トワイなんかの下で働くには惜しい奴だ。
会場は想像よりも遙かに大きかった。たかが地区大会だってのに、こんなでかいとこで行うもんなのか。
俺たちは他校の出場者達が彷徨く中、ぞろぞろと歩き、二階席へと向かう。
…………そういや、俺ら周囲にはどう見えてるんだろうな。コート女に小学生に大学生にサラリーマン。どう見ても剣
道場にいるような集団じゃない。
「そういやさ、水無さんは女子の部に出場するのか?」
「男子の部だよ?」
「……………………えっと、また何かやったのか?」
「花は筋肉隆々のプロレスラー(男)に見えるようになっている」
「え!?」
水無さんがひどく驚いている。いや、そりゃあ嫌だろうな。
「埴岡さんは?」
「スーツをジャージに変えてある」
妥当だな。
「お前は?」
「引田君だ」
まぁそれも妥当だ。
「ガキは?」
「身長を1メートルほど上げておいた」
「上げすぎだろ! しかも顔は変えずにか!? そんな人間怖すぎだろ!」
どうりですれ違う奴ら皆が俺らを避けてくわけだよ………。
「まずいのか?」
「いや想像してみろよ!? この顔で身長が2メートル強もある人間だぜ!?」
ガキの顔をじっと見て、トワイ沈黙。
「何だよ姉ちゃん」
ガキは狼狽している。そんなにトワイが不気味なのか。
「………………………はっ!? こ、怖い!!」
「おっせえよ!」
「明里君、この子怖いな」
ガキを指さしそう宣うトワイ。
いやお前のせいだろ。
「せめて30センチアップぐらいにしといたらどうだ? それなら成長が遅い高校生ってんでギリギリいけるだろ」
「……そうだな。明里君の言う通りだ。70センチ落とそう。えいっ」
「ここでやるな!」
幾人かの通行人が目を丸くしている。
遅かったか……まぁしかし、誤魔化せる範囲内だろう。
足早に、ホールの階段から体育館の二階席へと辿り着く。
すでに多くの出場校は到着しているようで、空席はさほど見られない。
――――出場校多いな。こんなでかい体育館を借りるのもわかる。
「で、トワイ。補欠君はどこにいるんだ?」
「たぶんあれだな」
トワイが十メートル先の観覧席を指さす。
えーっと、あぁ、あいつか……………………ん?
「砂原ー!!」
補欠君は俺のクラスメイトの砂原だった。
しかし様子がおかしい。目が虚ろだ。
「おいトワイ砂原に何をした!?」
「催眠術まがいの事を」
「まがい物かよ!」
「ボクのは超超能力だと言っているだろう! 催眠術と一緒にするな!」
「砂原の目死んでんじゃねえか!」
「大丈夫だよ。催眠術よりもしっかりと洗脳できている。彼の行動は全てボクの思うがままだ」
「それが駄目だって言ってんだろ!」
こいつ全然わかってねえ!
俺らがそう叫び合っている間にも、水無さんは淡々と荷物を座席に置いていく。
砂原はそれに何の反応も示さない。
ホントに大丈夫なのかこれ……………後遺症とか残らねえだろうな。
「う、うぅ……………」
マスクをした埴岡さんがよろよろと座席に倒れ込む。
こっちも大丈夫じゃなさそうだな。
水無さんがタオルを埴岡さんの体に被せてあげている。意外と優しい。しかしタオルでは小さすぎて何の役にも立たな
い。
ガキは埴岡さんの事などお構いなしに、こういう場所が珍しいのか、きょろきょろと辺りを見渡している。時折、すげ
ー、とか呟きつつも。
確かに、あんまり来るような場所じゃねえけどな。俺も剣道の大会には、邦公の応援に一度来た事があるぐらいだ。
それが、自分自身が出場する羽目になるとは……。
「八時半から開会式だが、まあ面倒なので出なくても良い。本番は九時から始まる。午前中は個人戦だからな。各自心
して励むように」
「おー!」
返事をしたのはガキ一人。こりゃ駄目だ。
「ふふふ、今日、この会場を支配するのは我々なんだ。ここにいる全ての人間が腰を抜かす事になるぞ」
そんなトワイの声を聞く度、俺は不安になる。
あぁ、ぐだぐだになっても良いからせめて何事もなく終わって欲しいと願うばかりである。
「始め!」
「うりゃああああぁっ!」
ぼーっと水無さんの試合を観覧席から眺める。
水無さんは始まりの合図と同時に竹刀を振り上げていた。
ん? 意外と押してる? 気合い勝ちって奴か。それに動きも悪くない。昔、剣道やってたのか?
「あ、あのゴリラ、何で女声なんだ…………」
横方からそんな他校の生徒の声が。
………そっか、水無さん、今はマッチョプロレスラーなんだ。胴着着てても体格はわかるんだろう。トワイ、ちゃんとそ
の辺対処しとけよ……。
あ、勝った。
「ありあとーございまっしたー」
試合が終わった途端、水無さんはそう挨拶をすると、やる気なさげに胴着を脱ぎだしている。大物の器だ。
ちなみに、俺たちの胴着は試合開始前にトワイがどこからともなく持ってきた。……犯罪を犯していそうで怖いな。しっ
かり俺らの名前が刺繍されている辺りとかも怖い。
「ふふふ、まずは一勝」
そんなトワイは不敵にそう呟く。
「あのさ、気になってたんだけど俺らの胴着ってどっから持ってきたんだ? 練習で使ってた奴は返しちまったし」
「あぁ。これはこの大会用に準備されていた予備のセットだよ。昨日のうちに黙って借りてきた」
「普通に犯罪じゃねえか! そんじゃあこの刺繍はどうやったんだよ!?」
「補欠君が夜なべして縫ったんだ」
「ひどいなそれ!」
さすがに砂原が気の毒になる。昨日の夜からずっと働きづめって事じゃねえか……。しかもただ操られるままに。人
権を完全に無視している。
………そんな砂原は、睡眠中の埴岡さんの隣でいまだに硬直状態である。怖え。まばたきもしてねえよこいつ。目が
乾燥して危ないじゃねえか。
「お、明里君見ろ。次なる刺客。健太君の試合が始まるぞ」
トワイが指さすのは会場の反対側。遠くてよく見えないが、あの身長の低さは確かに生意気なクソガキのものだろう。
つうかあいつ、そもそも剣道のルール知ってんのか? 小学生が大して剣道に熟知しているとは思えない。トワイも何
の説明もしやがらねえし。
うわ、案の定、ガキはまず構えがおかしい。居合い斬りのつもりなのか、左腰に竹刀を持ってきている。審判に止めら
れてるが。
「始め!」
審判の声と共に試合開始。
早々、ガキは相手の元へと一直線に走り出し、ジャンプした。
…………………ジャンプ?
俺が呆気に取られている間に、勝負は決していたようだ。ガキが面に一本くらってる。
「トワイ。今どうなった?」
「健太君がジャンプ斬りを試みたが左に避けられ、その隙に面を打たれたな。くそ、相手の隙を狙うとは何て卑怯な…
……!」
「いや剣道っつうのはそういうもんだろ」
何をする物だと思ってたんだよ。
「………………まだだ。まだだよ明里君。剣道ってのはね、二本取られて初めて試合が終わるんだ。昨日、『カスでも
わかる!剣道入門』で読んだ」
「昨日知ったのかよ」
「準備万端だろう?」
「褒めてねえよけなしてるんだよ」
そんな会話をしている間に、再度、ガキとその対戦相手が動き出す。
「それとトワイ。あいつぜってえ剣道のルールわかってねえぞ」
「ん? 何故だ? 普通そのぐらい知っているものだろう?」
「お前も昨日知った癖にさも世間の常識かのように言ってんじゃねえよ。…………ほら、見ろ。あいつ、相手の肩狙って
やがる」
体が露出している肩部分の方がポイントが高いとでも思っているんだろうか。あー、やっぱ反則とられてやがる。
「おい! あれはどうしたんだ明里君!? ちょっとボク審判に抗議してくる……!!」
「お前もルールわかってねえのかよ!?」
『カスでもわかる!剣道入門』読んだんじゃなかったのか。
「な、ど、どういう意味だ……?」
「有効になるのは、面と銅と小手だけなんだよ。あぁ、あと喉んとこ突くのな。お前はそれやるなよ。危ねえから。相手
が」
「ふむ、なるほど……………明里君は知識が深いな」
普通そのぐらい知ってるもんじゃなかったのか。
あ、ガキの試合が終わったようだ。特に目立った逆転劇はなく、普通に負けた。
「トワイ。負けたぞ」
「く…………まずいな」
何がだ。元から負けて当然だっつうのに。水無さんの勝利が異常なんだよ。
背後から物音がする。
件の水無さんが戻ってきていたのだ。
「おつかれ水無さん」
「あぁ、うん」
「花。健太君が負けたぞ!」
トワイは一階を指さし叫ぶ。
「見てたよ」
「しめてやってくれ! 多分彼が負けたのは気合いが足りなかったからなんだよ!」
「いや、でも私二回戦出なきゃなんないし」
「うぅ…………仕方ない、ボクがしめてやる!」
「お前も試合あるだろうが」
意気込むトワイに俺はそう突っ込む。
「明里君も試合あるじゃないか!」
「その切り返しはあまり意味がないぞ。それじゃ、そういうわけで俺行ってくるから」
俺は胴着袋を抱え、観覧席を離れる。
――――――俺も少しずつトワイの扱いになれてきたな。これは良い事なのか悪い事なのか。被害が少なくて済むと
いう意味では断然良い事だろうが。
トワイにもらった対戦表を見たら、俺の相手は路府高の奴だった。顔ぐらいは見た事あるかもしれないな。ばれないよ
うに注意しねえと。何とか面をつけるまでは顔を見られないようにしよう。
そうして、体育館への扉の前へと辿り着く。
…………せっかくあんなに練習したんだし、いっちょ頑張るか。
俺はそう自分を奮い立たせ、勢いよくその扉を開いた。
ボロ負けである。
開始早々、竹刀が軽やかに俺の前頭部に飛んできた。正直、剣筋が見えなかった。そして二本目は胴。こちらも見事
に俺の視界に入る事はなかった。
結局、俺は手も足も出ないまま、一回戦敗退となったのだ。
ちなみに、偶然ホールですれ違った邦公に聞くと、俺の対戦相手は路府高校剣道部主将であったようだ。いやそりゃ
あ勝てるわけねえだろ!
激怒するトワイにそう反論すると、これだ。
「明里君の実力不足だろう! 君が練習を怠ったからこうなるんだよ! 少しは反省しろ!」
言葉も出ねえ………。
「ん? そういやお前試合に行かなくて良いのか?」
確か俺の次に試合があるのはこいつだったはずだ。
「試合………………?」
「いやいや、お前の試合そろそろ始まるんじゃねえのか?」
「…………………なるほど!」
こいつもしかして忘れてたのか!
「だ、大丈夫だよ! まだ始まってはいないからな! ボクにはタイムストップがある! タイムストーップ!」
瞬間、トワイの体がぱっと消える。
……………………なるほど、時間が止まってる間に移動したわけね。
一階を見ると、確かにトワイは胴着姿で試合に臨んでいた。
どうせあいつの事だから、超超能力を使って試合には勝つんだろう。………全く、やってらんねえ。また俺が責められ
るわけじゃねえか。
とりあえず、その時までに少しは休憩しとくか。
そんな考えからすとんと俺は椅子に座った。
ぶー。
………………………え? 何?
座席から立ち上がる。
尻の下に何か置かれていたようだ。これは―――ブーブークッションか?
時間が止まっている間に仕掛けたのか。
せこい悪戯しやがって………。
「明里君。臭いからトイレ行ってきて」
「いや今のはブーブークッションの音だから!」
俺は水無さんの言葉に猛抗議する。
「信用できないからトイレ行ってきて」
「いや、本当ですよ?」
「信用できないから」
悲しくなってきた……。
「じゃあ、トイレ行ってきます………一応、これ、証拠のブーブークッションなんで。どうぞ」
「置いといて」
顔を上げさえしねえ。
………………俺この人にそこまで嫌われるような事したっけか。
―――――い、いや違う。あれだ。この人、今、雑誌に夢中なんだ。きっとそうだ。……つうか何読んでるんだ? え
ーっと、なになに? ………月刊ムー大陸? えらくロマンに溢れてるなおい。
顔を上げた水無さんと目が合った。
「何? 今これ読んでるから邪魔しないで欲しいんだけど」
マジでこの雑誌読んでるのを邪魔されたから機嫌が悪かったらしい。そんなに幻の大陸が好きなのかよ。そんなにか
よ。さすがにそのせいで周囲にあたるのは勘弁して欲しい。
「……………行ってきます」
しかしそう答えてしまう俺。
俺弱いなぁ………………まあ仕方ない。
形式だけでもトイレに行っておこうと、俺がすっと立ち上がると、同様に今までぴくりともしなかった砂原も電光石火の
如く立ち上がった。
「な、何だ?」
ふらふらとした動作で、扉を出て行く砂原。手には胴着袋を持っている。
……………………あぁ、あいつも試合に出るのか。埴岡さんの代わりに。確かに、胴着を着てればあいつが出場し
ても大丈夫だとは思うが。
心配だし、一応様子見とくか。
一階へ降り、正面の扉から体育館の中へと入る。
トワイはやはり勝利を収めたようだ。ていうか対戦相手が消えてる。また何かやったんだろうか。消すなよ。
そんなトワイはまるで水無さんのように早々と胴着を脱ぎ、こちらへと走ってくる。
「ふふん。見たか明里君。ボクは勝ったぞ」
「ごめん見てなかった」
トワイの相手をしてるわけにはいかない。
急いで砂原を探す。えーっと…………あれか。
向かって奥から二番目。砂原はすでに胴着を着用し、相手と向かい合っているところだった。審判の号令待ちだな。
「始め!」
審判の声が耳に届く。
しかし砂原は竹刀を構えたまま、ぴくりとも動かない。隙だらけじゃねえか。つうか相手も動けよ。お互い竹刀振れよ。
様子見してんじゃねえよ。
「ふんっ」
――――――――ん? 今の『ふんっ』は右方から聞こえたような気がする。
右を見る。
トワイだった。トワイがまるで竹刀を持っているかのように、両手をぶんぶん上下に振っている。
もう一度、砂原の方を見る。
いつの間にか、砂原が竹刀を振り始めている。
…………ていうかこれ。
「お前が操ってんじゃねえか!」
トワイを殴る。
「うわぁっ! 何をするんだよ! 痛いじゃないか!」
トワイは大げさにこけやがった。
それに合わせて、試合中の砂原もぶっ倒れている。
もう駄目だこれ…………。
「なぁトワイ…………そろそろ砂原を解放してやってくれ。何か切なくなってきた」
「それでは試合に負けてしまうじゃないか!」
トワイは立ち上がり俺に猛抗議。
砂原も同様に立ち上がり、両手を突き上げている。
「どっちにしろもう無理だろ。あれ見ろよ。審判怒ってるぞ」
「あ、本当だ」
俺が審判だったとしても、あんな奴、即行負けにしてる。なおさら正式な審判だったら当然、同じようにするだろう。
はい、砂原反則負け。
「くそ………あの審判……こうしてやる!」
トワイが拳を前に突き出す。
ふと砂原の方を見ると、突き出した拳は審判の顔面に見事クリーンヒットしている。
「いい加減その辺でやめてやってください!」
砂原追放されちまうぞ。つうか学校側にも連絡来るぞ。
「とりあえず、操るのやめてあいつに謝らせろ。つうかむしろお前が謝ってこい」
「嫌だね! 誰がそんな事するか!」
ヘソを曲げやがった。
そんな間にも、審判の怒りゲージはどんどん上昇していってる。
仕方ない俺が行くか。
「良いかトワイ。お前はここでじっと座ってろよ!? 絶対に動くな!」
「ふんっ!」
顔をそらすトワイ。もう良い。ほっとこう。
――――――そうして俺は、審判にぺこぺこ頭を下げ、砂原の体を引っ張り体育館の外へと急ぐのだった。
もう帰りてえ…………。
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