schole〜スコレー〜
「くそっ! 何故負けたっ!?」
「単純に実力の差だろ。わかれ」
観覧席に戻ってもトワイはいまだ不服そうにしてる。いい加減に納得しとけよ。諦めの悪い奴だな。さっき、俺を鵺に
変えた件については謝ってたから許してやるが。邦公との試合の時も他に超超能力使ってなかったし。
…………まぁしかし、それも全て終わった事だ。さすがのトワイも納得するしかないだろう。
俺もやっと帰れるな……。
「あーもうくっそー!! こ、こうなったら………!!」
…………おいおい、まだ何かする気なのか。
トワイは恐ろしいほどの速さで体育館の外へと出て行く。
「…………私は、この子励ましてるから。行ってきてよ」
水無さんはそう言って俺に投げた。
健太はそんな水無さんに励まされるらしいし。埴岡さんはまだダウンしてる。
しゃあねえな。
「ここで待っててくれよ!」
俺も水無さんにそう声をかけ、トワイに続き体育館を飛び出る。
十五分後には早くも表彰式兼閉会式が行われる。
仮にも俺らは団体戦で準優勝したんだ。トワイは個人戦でも三位だった。
閉会式には出とかないとまずいだろう。
それまでには何とかしてあいつ、連れてこないとな。
「あ、夏太郎おつかれー」
邦公と遭遇。
「おう、おつかれ。優勝おめでとうな」
「夏太郎達だって準優勝じゃん。トワイさんも個人戦で良いとこまでいってたし。すごいよ」
「そうか……? て、いやいやいや、そんな事言ってる場合じゃないんだよ。お前も一緒にトワイを探してくれ。急にどっ
か行っちまったんだよ。閉会式までには絶対見つけないとやばいだろ?」
「んー、ま、別に何とかなると思うけどね。そういう事情なら手伝うよ。トワイさん、行き先について何か言ってなかっ
た?」
「さぁ、特にはねえな。『くそっ! こうなったら!』とか何とか」
「うーん………こうなったら、ね。ヤケになってるって事か? トワイさんの目的は何だったの?」
「団体戦と個人戦、両方の優勝」
「………………じゃあ、優勝旗とか盗もうとしてるんじゃないかな?」
ビンゴ。それだ。
「お前マジで頭良いな邦公。行くぞ。それどこにあるんだ?」
「たぶん本部だと思うよ。体育館の一階に机がたくさん並んでたでしょ?」
本部か。邦公の言う場所はわかる。確かにあの辺りに優勝旗が立て掛けられてた気はするな。――でも、あそこは
相当目立つだろ。 どうやって優勝旗なんかパクろうってんだ?
……………あ。
「やばい。邦公。あいつ時間止める気だわ」
「トワイさん、時間止められるの? それはまずいな」
反則技だ。時間を止められるんなら、盗みをするって事においてはどんな障害も意味をなさなくなる。
「くっそ………早くトワイ見つけねえと」
「呼んだかい?」
「うおぉっ!?」
トワイがにゅっと、邦公と俺の間に現れた。
「どっから出てきやがる!!」
「あ、ほら見なよ明里君。優勝旗。あとこれ賞状。すごいだろー?」
人の話を聞けよ。
トワイは背中の後ろに隠していた(隠しきれていなかったが)優勝旗と賞状を俺に突き出す。悪い予想ってのは当たる
物で、やはり邦公の言った通りになったわけだ。
「…………トワイ。お前さ、それパクってきてどうする気なんだよ」
「んー? ふっふふー?」
にやにやと、トワイは後ろを振り返り、二階へと続く階段を上っていく。
「お、おいそんな物持って歩き回るなよ。すぐにばれちまうだろ」
「大丈夫だよ。今タイムストップしてるから」
……………あー。周囲を見渡すと、確かに、人が全く動いていない。さっきから静かだったのはこのせいか。
「つうかさ。お前もう良いだろ。とっとと戻ってそれ返してこいって」
時間を止めている間はばれやしないが、さすがにもう一度時間が動き出せば、いずれトワイの盗難にも気づかれるだ
ろう。
「もうちょっとだけだから!」
トワイ、テンション高いな。あいつの機嫌が良い時はろくな事がねえ。この二日間でそれは十分経験してる。
「おいトワイ」
「まぁまぁ夏太郎。もう少しだけって言ってるんだし。好きなようにさせといてあげようよ」
「お前は何を悠長な事言ってやがる」
「……それにさ」
邦公は俺にだけ聞こえるぐらいの声で続きを口にした。
「あの子が本気になれば、僕達なんか簡単に出し抜けるだろうし」
――――――まぁ、それには同意するが。
トワイが鼻歌を口ずさみつつも、体育館の中へと入っていく。
もう二階に全然人は残ってないな。全員閉会式のために一階に移動してるんだろうか。
「さて、それじゃあ明里君に石田君。今日はご苦労であった」
「いえいえ、それほどでも」
急にこちらを振り返りそう宣うトワイと、それに対して畏まる邦公。お前は敵だっただろうが。
そこでふと、俺はいつの間にか周囲のざわめきが戻っている事に気づいた。
おいおい、早くこいつを何とかしねえと優勝旗がなくなってる事がばれちまうじゃねえかよ。
「いやー、良い試合だったな! この優勝旗と賞状を得るために戦う、実に良い試合だった!」
…………あ? こいつはこんな時にいきなり何を言い出す。
「一本の優勝旗。これを得るために争う男子高校生達。舞い散る血と汗と涙! それは努力の証! 美しい! 何と美
しき剣道! それはまるで白鳥の舞のよう!」
頭がおかしくなったのかこいつ。ネジがさらに三十本ぐらい抜けたか。
「あぁ、素晴らしい激闘だったさ。この経験はいずれ我々が困難に直面した時、必ずや大きな支えとなるだろう! それ
ほどに今日は貴重な一日! 今日という日を僕は一生涯忘れる事はないだろう! ありがとう剣道! ビバ剣道! 幸 あれ!」
そこでトワイは一旦言葉を句切り、
「ふざけるな!!」
優勝旗を窓の外に投げ捨てた。
………………この人、何してるんですか?
「こんな物こうしてやる!」
続いてそう叫び賞状をびりびりと破り出す。
おいおいおいおい。
「ふぅ………。あーすっきりした!」
「すっきりしてんじゃねえ!!」
とりあえずトワイの側頭部に拳を叩き込む。
「いったぁ! 痛いじゃないか明里君! 何をするんだい一体!」
「言わなきゃわかんねえ!? おい! お前言わなきゃわかんねえのか!?」
邦公が窓の外を覗いている。
「……………あー、あれ、完全に壊れてるね。下がコンクリートだったのがいけなかったみたいだ」
「ほら、壊れてるってよ!」
「もう明里君ってば! やっちゃった物は仕方ないじゃないか!」
下の階が騒がしくなってきた。やばいやばい。もしかしたら優勝旗がねえのがばれたのかも。
「あー、やべえやべえやべえ! おいどうすんだよトワイ!」
「んー………そんなにやばいんなら、とりあえずタイムストップしておくかい?」
「しとけ!」
「わかったよ。タイムストーップ」
音がぴたりと止む。
…………OK。ひとまず、考える時間はできたな。
「よし、よし、トワイ。落ち着けよ。そして落ち着けよ俺」
「ははは明里君。何も自分に言い聞かせなくても!」
怒ってはいけない………怒ってはいけないぞ。
「…………さて、ひとまず、どうするかだね。まぁ夏太郎もトワイさんも座りなよ」
俺とトワイの肩にそう言って手を下ろす邦公。心なしかいつもより力入ってないか?
しかし、こんな時に頼りになるのはやっぱこいつだな。
ちゃんと俺の怒りも鎮まった。
そうして、邦公、俺、トワイの三人は観覧席へと腰を下ろす。
「それじゃあ、良い? 二人とも。とりあえず選択肢としては三つ考えられる。…………まず一つ目、この状況を放って
逃走する」
「それはまずいだろ。俺らにも責任があるわけだし。つうかトワイのせいだし」
「あぁ。夏太郎の言う通り。僕もそう思う。トワイさんも反省するように」
「…………まぁ、気が向いたらな」
あくまでも反抗の姿勢を崩さないトワイ。
「で、二つ目、素直に謝る」
「現実的だな。おそらく普通はそうする」
「でも、処分は厳しいと思うね。さすがに故意に優勝旗を破壊したって例は過去にないし。正直どうなるかわからない」
「じゃあ、それもパスだな。最後の一つは?」
「三つ目は、どうにかして優勝旗と賞状の破損を隠蔽する事」
「どうにかしてって………?」
「破損自体が発生しないのが、一番良いんだよね。まぁ、この場合、一番良かったって、過去形の言い方になるけど」
「いや、何言ってるんだ……………て、あ、もしかして」
「そうだよ夏太郎。――――トワイさん」
「何だ? 石田君」
「トワイさんの超超能力で過去に戻る、もしくは優勝旗を過去の状態に戻せないかな?」
タイムスリップって奴か。
確かに、過去に戻ってトワイの行動を止められれば、優勝旗が壊れる事はない。
「…………ふふん、ボクがそれぐらい、できないとでも?」
トワイが再び、嫌らしい笑みを浮かべる。事態が楽しくなり出したとでも思ってんのか。
「それじゃあトワイさん」
「無論! 可能だ! ボクの超超能力を持ってすればそれぐらいお茶の子さいさいさ!」
テンションが回復したようだ。あぁ、嫌な予感しかしない。
「早速行くかい!? 過去へ!」
「そうだね。戻ろう戻ろう」
あれ…………邦公も一緒になって楽しんでないか…………?
「ではでは。ん、んんっ!」
咳払いをするトワイ。
「タイム、スリイイィーップ!!」
その声を聞いた瞬間、ワープの時と同様に、身体が宙に浮く感覚がする。
おおぉ。
しかし、一つだけワープとは違う点が。
あちらでは真っ暗闇だったのに対して、こちら、タイムスリップでは視界の全てが真っ白だ。
「あ、そういえば訊いてなかった。石田君、いつに戻るんだ?」
「そうだね………君が優勝旗を盗む前だから、十分前で良いかな?」
「了解だ! 十分前だな! ていやっ」
トワイの掛け声と共に、ぼんやりと段々、白だけだった世界に色が付き出す。
数秒経つと、はっきりと景色が見えるようになった。
………場所は全然移動してねえんだな。実感ねええ。
「さて、これで十分前に着いたわけだね。どうする夏太郎?」
「とりあえず過去のトワイん所に行くぞ。今頃はまだ俺らの席で落ち込んでるだろう」
邦公の言葉に俺はそう答える。
えーっと、俺らの座ってた席はどこだったか。
辺りを見渡す。
…………お、あれだあれだ。ちょうどトワイがヤケになってこちらに走ってくるところだな。
つうか、目が合った。やばい。
「おお、こんにちはボク元気かい!」
は!? 何言ってんだトワイ! アピールすんな!
「ん? もう一人、ボク? それに明里君ももう一人……?」
過去のトワイがそう呟いている。…………これは完全に見つかってんな。仕方ない。
「未来から来たんだよ。ちょっとお前がヘマしてな」
俺は過去のトワイに声をかけてみる。
「ん? んんんー? えーっと……………あ、そういう事か。なるほどなるほど。おい未来ボク。何をやってるんだ不甲
斐ないな。まるでボクじゃないみたいだ」
「いやいや過去ボクよ。違うぞ。大した事じゃないのにこの二人が修正しないとってな?」
「二人ともちょっと黙ってろ!!」
過去のトワイも過去のトワイで自己中心的だな。まぁ、ぶっちゃけ十分前だし。ほとんど同じ存在のような物なんだろう
が。
「…………どうなってんだこれ。トワイが二人………俺がもう一人?」
俺だ。続いて過去の俺も現れた。戸惑ってる。そりゃそうだろう。
「あ、夏太郎、過去の夏太郎。どうも、未来の邦公です」
お前もそういう挨拶は良いから話を先に進めようとしろよ邦公。
「あ? 未来…………? まさか、トワイが何かしたのか?」
察しが良いな。さすが過去の俺。
「………あぁ、そうだよ。こいつ、お前から見たら今のトワイの方だけどな。これから優勝旗と賞状を破壊しに行くところ
なんだよ」
「な、何故知っているんだ! みらいあかりん!」
「未来から来たっつってんだろ! あとみらいあかりん言うな!」
「…………お前も大変なんだな」
ぼそりと過去の俺に慰められる俺。ホント、お互い様だっつうの。
「…………とにかく、だ。過去トワイよ。お前、今から絶対に優勝旗と賞状んとこ行くなよ」
「ふむ。そう言われると行きたくなるな」
本当にこいつは………。
「――――――トワイ。過去のお前はそう言ってる。止めろ」
「ボクの力では過去のボクを止める事はできないよ。諦めるんだ明里君」
「いやお前自身じゃん! 力は均衡してるんだからいけるだろ!」
まさかここまで来て協力しねえ気かこいつ!
「未来の俺! そっちのトワイおさえてろ!」
突然、過去の俺にそう声をかけられた。
「お、おう!?」
とりあえず、言われた通り後ろからトワイを羽交い締めにする。
邦公もそれに協力。
「こ、こら! 何をするんだ明里君!」
「ふむ…………なぁ、明里君。どうするつもりなんだ?」
暴れる現在のトワイとは反対に、落ち着き払った声で過去のトワイが過去の俺にそう問いかけてる。
「こうするつもりだよ」
ぼそりと、過去の俺は呟き、そのトワイの頭に拳を振り下ろした。
「い、痛いっ! ちょ、ちょっと待て明里君! どうしてボクを殴るんだ!? 言っとくけどボクは何もしてないよ!?」
「これからするつもりだったんだろ!? ならば制裁を加える。さっき散々超超能力は使うなっつったのに………」
そう言ってもう一度攻撃態勢に入る過去の俺。
容赦ないな……。まぁ、ストレス溜まってたしなあん時。いや、今もそのストレス解消されてねえけど。
「な、なぁ明里君。自分が痛めつけられているのを見るのは辛いんだが……!?」
「我慢しろ。むしろお前こそ殴られるべきだっつうに」
俺は、現在の方のトワイにデコピンする。
「さぁて、トワイ。まだ何かする気だっつうんなら、もう一撃食らわすがどうする?」
それは悪役の台詞だぞ過去の俺!!
……………て、うあ…………まさか自分に突っ込む羽目になるとは。
「待て待て待て待て明里君! ストップ! ストップライト!」
ライトて……………あぁ、明里って事か。わかりづら。
「じゃあ大人しくしてるか?」
「わ、わかった……! やらないやらない! 我慢するよボク!」
おぉすげえ……あのトワイが俺の言う事を大人しく聞いている。
「こっちもあんぐらいやっとくべきか………」
「え!? やめてくれ明里君」
俺の呟きに、律儀に反応する現在のトワイ。よしよし。
そして、過去の俺がくるりとこちらを振り返り、口を開いた。
「さて、未来の俺。そういう事で、優勝旗の破損は免れたぞ」
「よくやった過去の俺。褒めてつかわす」
俺はトワイから手を離す。
「うん、一件落着だね」
そう言って邦公もトワイの手を離す。
――――――あぁ、無事終わったな。ホント一件落着だ。良かった良かった。
「よし、それじゃ、帰るかトワイ」
さっさと戻らないとな。これ以上やっかい事に巻き込まれたくねえし。
「うぅ…………何か面白くないな」
「良いから帰るっつうの。邦公も行くぞ」
俺はトワイの手を引っ張る。
「うん、それじゃまた二人とも」
邦公も後方に手を振り、俺についてくる。
…………邦公。またがあったら駄目なんだぞ。
「おうよ未来の邦公。それに未来の俺に未来のトワイ。そっちも大変だろうが頑張れよ」
過去の俺が邦公に手を振り返す。
それに対して俺もこう別れの挨拶。
「同じ台詞をそっくりそのまま返してやるよ過去の俺」
そうして、俺たちも過去の俺たちに手を振り、体育館を出た。良い別れだったな。
|