「も、勘弁、しろよ・・・っ!」
怒鳴りつけたいのを必死に抑えている抗議の声はかぼそく、ずいぶんと情けなくヴァッシュ自身の耳に届いた。
「馬鹿野郎・・・。こん、な・・・」
それ以上続けられずに、台詞が途切れる。
顔がほてっているのは、差し込む日差しのせいだけではなかった。ヴァッシュの上半身は乱れのないまま、コートの襟まできっちりと止められていて、衣服の下の肌は体温の上昇に従ってじっとりと汗ばんでいる。
窓辺に置かれた椅子に掛けている様子は、道行く人がふと街路から見上げたら、のんびり日向ぼっこでもしているように見えるだろうか。
見えればいいと、歯を食いしばって耐えながらヴァッシュは願った。しかし、下肢はと言えば――最悪だ。
「・・・えらそーな言い様やな。謝っとるようには、ぜんぜん聞こえんで?」
床に膝をついて『お仕置き』中――本人の言うところによればだ――のウルフウッドは、ヴァッシュの言葉に反応して顔を上げたが、返ってきた台詞からして、こちらの望む効果はちっとも得られなかったらしい。
「こっ、ここまでやられてっ、どーしてこっちが謝らなきゃいけないってんだ・・・!」
なるべく声が大きくならないように自制しながら、ヴァッシュはウルフウッドを罵ったが、仮にも人間台風からの罵倒を、相手は歯牙にもかけてくれなかった。
「そらワイの気が済まんからや」
ふてぶてしく言い切る牧師を、思い切り蹴飛ばしてやりたい。
けれど、両の足首はどちらもウルフウッドの手に掴み取られて高く持ち上げられ、どうにも抗う手段にならない。
上半身の衣服は少しも乱れていないけれど、ヴァッシュの下半身は剥き出しだ。
特殊素材のアンダースーツもその下のズボンも、ブーツも全部剥ぎ取られている。
股間を覆い隠すべき下着もだ。「ひ、んっ」
牧師は再び顔を伏せ、大きく広げさせられたヴァッシュの下肢の中心からは、ぴちゃりと濡れた音が立った。
同時に腰の震える刺激と、正気ではいられないような羞恥がヴァッシュの中から湧き上がる。言葉でのみとはいえ未だ抗うヴァッシュとはうらはらに、牧師の愛撫に馴染んでいるそこは、いやらしく素直に形を変えていた。
もっと可愛がって欲しいと真っ赤に染まっているそれの先端を、ウルフウッドが音を立てて舐め、歯を当てて苛める。
両手をヴァッシュの足を拘束するために使っている牧師は、執拗に口腔でヴァッシュをいたぶり続けている。夜と闇に紛れた、ふたりきりで閉じた部屋の中での行為ではない。
真っ昼間に、部屋に余人は居ないとはいえ、窓をあけはなして。
恥じるべき場所と淫らな行為を、日の光にさらして。喘げば、自分の声はたやすく窓の外に溢れるだろう。
道行く人が視線を上げれば、自分の顔を見られるだろう。
牧師にいやらしいことをされている声と顔を、いまこの時だって、外にさらしているのかもしれない。「・・・・・・っ!」
叫び出しそうになって、ヴァッシュは不自由な手で己の口を塞いだ。
腕は手首のところで重ねられ、鎖で縛られていた。
卑怯な拘束だ。
ヴァッシュがその気になればすぐにも千切れる、細い鎖の束縛。牧師がこぼした、大事な思い出の品だという言葉が本当かは判らないが、嘘ではないかも知れない。
ウルフウッドは聖職者にあるまじく、嘘も方便とばかりに(これは確かブッディストの概念だった筈なのだけれど)、嘘やごまかしを平気で口にするが、たまに本当のことも言う。
それも、真実に重みなどないというように、ひょいと軽々しくだ。
十字架の揺れるチェーンを思い切り良く引きちぎることは、ヴァッシュにはどうにもためらわれて、出来なかった。もっとも本当だとしたら、そんな大事なものをこんなふしだらなことに使うなと盛大に文句は言ってやりたいのだが――いまのヴァッシュはそれより優先させるべき抗議があった。
「あ、や・・・ぁ・・・」
けれど、とうてい声を大にしては言えない抗議だ。
すぐ下の通りを行く人に、聞こえるかもしれない。
こんな真似をされている自分を、知られてしまうかもしれない。
それに加えて、施される懲罰がヴァッシュの声を、細く甘く途切れさせる。
椅子に腰掛けさせられたままヴァッシュはせめてと背中を丸めて、自分の股間に顔を埋めている牧師の耳元へと唇を寄せた。「も、いいかげんに・・・やめ、ろよ・・・」
片方の足首からウルフウッドの手が離れ、ようやっとかりそめの自由を取り戻した足を、ヴァッシュは床に下ろした。
しかし裸足の踵は、床に落ち着く暇も与えられずにびくりと浮き上がる。「っ、やだぁ!・・・広げるな、よぉ・・・!この、バカ・・・。エロ牧師・・・ぃ、っあ」
指、が。
二本、奥に忍ばされて、ヴァッシュの中で蠢いている。
太くて器用で意地の悪い、ウルフウッドの指。
くちゅりとひどくいやらしい音を立ててそれが動き、自分の中が仕置きに堪えかねて反応するのが判って、ヴァッシュはとぎれとぎれに牧師を罵った。「この状況でそないなこと抜かすんやからそら、もっと苛めてぇ、っちゅうおねだりやな?せやろ、トンガリはん」
ご丁寧に敬称つきであだ名を口にして、ウルフウッドは指を増やしてきた。
ぐちゅぐちゅと、男自身をそうしている時の動きに似せて、指がヴァッシュの中を出入りする。
しかし、そのときの苦しいほどの充足感には比べるべくもなく、深さも到底とどかない。
いたぶられることを拒みながら、無意識にもっととヴァッシュの腰が揺れた。
すぐにはっと気付いてこらえたが、淫らがましいその動きを、男は見逃してくれなかった。「あかんやろ?ワイ、今日は可愛がってやっとるんとちゃうで?お仕置きしとるんや」
――本気の抵抗ができない理由の一つは、この楽しそうなウルフウッドの様子のせいだと、ヴァッシュは内心毒づいた。
お仕置きと言いながら、ウルフウッドの言葉も行為も、怒りに駆られた荒っぽさや毒とは違っている。
男の中に苛立ちがない訳ではないのだろうが、それよりもあからさまなのは、残酷な子供みたいな加虐の喜びだ。純粋にヴァッシュに懲罰を与える為にこんな真似をしているのなら、こちらとしても他の方法を選べと思い切り抵抗してやる。
だが、じゃれかかるようにいたぶられては、拒むのも応じるのも躊躇われてしまう。「お仕置きなんやから、な?」
咎めるようにでなく凶悪に笑いかけられ、唇をきつめに噛まれて、ヴァッシュは痛みにでも嫌悪にでも怒りにでもなく、躯を震わせた。
「・・・あーあ。悪い子やなぁ」
いちいち抜かすなと心では悪態をついても、声には到底出せずに、ヴァッシュは唇を噛んだ。
震えの伝っていった下肢を揶揄されているのだと、ぎゅうっと目を瞑っても、ヴァッシュには判った。前が完全に立ち上がって、雫をこぼしているのが感じられる。
男の指をくわえこんでいる奥もひくひくと蠕動して、もっととそれ以上の仕打ちを望んでいた。
ぐっと、その指が引き抜かれる。「・・・・・・っ!」
引き止める言葉をどうにか押さえ込んで、ヴァッシュはぎちりと歯を食いしばった。
ぬるつく秘所から抜け出たウルフウッドの指は、今度はヴァッシュの前に沿わされる。
そして、膨張しているそこの根元を締め付けられた。「おどれなあ、気持ちようなってしもたらあかんやん。叱られとんのに、こないになって」
こんなに、と牧師が揶揄されるそこがどうなっているのか。
お仕置きだとさんざんしゃぶられて嬲られて、それでも気持ちよくてたまらなくて。
もう、言い返すこともできない。
縮こまって消えてしまいたくなって、ヴァッシュはますます背中を丸めた。「しょうのない、悪い子やなあ?トンガリも、トンガリのコレも」
けれどそうすると、椅子に掛けたヴァッシュの前に膝をつく男に、ますます近くなる。
からかいじみた叱責の声は、びくりと震えるほど近かった。「叱っても悦ぶようなあかん子には、どないなお仕置きしてやったらええんやろな?もっとひどいこと、したるしかないんかなあ」
考え込んで――あるいはそのふりをして――、牧師は指の腹で撫でまわしていたそれの先端に、爪を立てた。
「っ!」
思わず、ヴァッシュは固く閉じていた目を見開いた。
視界に入った己の下肢は、そこを嬲る男も含めて、目を覆いたくなるほど淫猥だった。そして、続く牧師の言葉も、耳を覆いたくなるほどに。
「・・・せやなあ。これ、噛みちぎったろか?そしたら、さすがにお仕置きになるやろ」
ウルフウッドはにっと、歯を剥き出して笑った。
牧師の舌がひらめき、ヴァッシュ自身をさんざん嬲って濡れた唇をなめずる。
獲物に喰らいつく寸前の、獣のしぐさだ。「!!」
まさかと疑いながらもヴァッシュは思わず後ずさりかけたが、腰掛けた椅子がきしんで呻くだけだ。
昂ぶった中心に手をかけられ捕まえられていては、その動きはほんの身じろぎにしかならなかった。「あ・・・・・・」
「なあ、食いちぎってまおか。厭か?なあ」
厭だと答えて止めてくれるとは、思えない。
むしろ、お仕置きだからとヴァッシュが嫌がる事こそを、嬉々としてウルフウッドは実行するかもしれない。
でも、いくらなんでも――まさか、でも。そんなまさかと思いながら怯えを隠し切れず、恐くて目を瞑ることもできないヴァッシュの視線の先で、ウルフウッドは震えて屹立するものに唇を寄せて、そして。
「や、ぁ!・・・ひ」
はぷりと横から幹に噛みつかれて、ヴァッシュは喉の奥で引きつった悲鳴を上げた。
男の牙が、滾って熱くなっているそこに当てられ、食い込んでくる。
ちょうどくびれた辺りに歯が当たって、たまらなかった。
同時に、口腔に取り込まれた裏側を、舌が舐めずる。
根元を縛められていなければヴァッシュはその刺激で、悲鳴を上げて達していただろう。食いちぎられる。
食われる。
恥ずかしい、いやらしいそこを、ウルフウッドに。「あ・・・あぁ」
歯の固い感触は、敏感なそこが傷つく前に離れていった。
それでも安堵はできなくて、ウルフウッドが手荒な脅しに怯えたそこにキスを落としてきても、ヴァッシュは食まれる恐さに慄いて、びくびくと躯を震わせた。
それでも萎えない自分が、どうしようもない変態になった気がした。
窓が開いていなければ、そしてその窓辺での行為でなければ、昼日中であることも階下や隣室のことも忘れて、さんざん喘ぎ悲鳴を上げていたかもしれない。「・・・・・・せやけど、ワイが可愛がったるとこがひとつ減ってまうんは、寂しいしな。どないしようか。どないして苛めるんが、ええかな」
ウルフウッドの片手は、ヴァッシュのとうに泣き濡れているものの根元を意地悪く拘束しているのに、もう一方の手は足首の拘束を止めてヴァッシュの顔に伸び、落ちて汗ばんだ額にうっとうしく張りつく前髪をかきあげてくれる。
意地が悪くて優しい、相反する指に惑って、ただでさえ感情の昂ぶっているヴァッシュは、泣きそうになってしまった。
きっと、ひどく奇妙な表情になっているだろう。
こちらの顔を覗き込んでいたウルフウッドが、ふっと耐えるように眉をひそめ、苛めっ子じみていた牧師の面が趣を変えてひどく色めいた。「・・・やらしい顔、しおってからに。なあ、どないに苛めて欲しい?トンガリ」
返す言葉などある筈がなく、躯の中心で滾るものを痛み寸前の加減で握り込まれて、ヴァッシュはただ俯いて濡れた嗚咽を漏らした。
乾いた真昼にむけて開いた窓から溢れることのないよう、ひそやかに。