ぐぷり、と。
小さいけれどひどく淫らな音をたてて、ウルフウッドがヴァッシュの中から身を引いた。

溜息に似た、もっと熱と気だるさを濃く含んでいる声を、牧師がかすかに上げる。

「ふ、ぅ」

「んぁ・・・っ」

抜き取られて思わず喘いだヴァッシュは、それまでずっとウルフウッドに抱え上げられていた足を、ようやく解放された。

「はぁ、は・・・あぁ・・・」

荒い息をおさめることもできないままで、ヴァッシュはのろりと頭を動かして視線を覆い被さる男から外し、自分の横たわる床へと目をむけた。

床に投げ出した義手の手首は合成皮膚が少々擦れたくらいのものだけれど、生身の左はつい力を込めたせいで傷ついて、赤く細く痕がついている。
ひりひりと痛み、じんわりと血が滲んで流れる。

しかしヴァッシュは、そんなものに構いつけてはいられなかった。
痛むというなら、揺さぶられて床材に擦られた背や肩だって痛いし、股間で最後を堪えているものは喚きたくなるほどずくずくと苦しい。
けれど、それより。

 

「あ・・・ご、ごめ・・・」

ヴァッシュの視線の先で、牧師の指先が床に下りた。

「・・・・・・」

ウルフウッドは無言で床に放り出された十字架を拾って、身に付けたままのスーツのポケットに丁寧に収めた。
そしてヴァッシュの上半身に散った鎖の残骸を、乱雑に払い落とした。
ごく小さな金属と床がぶつかって、かつん、こん、とささやかな固い音がいくつもざわめき立つ。

「ウルフ、ウッド・・・・・・ごめん、っ。・・・・・・俺、がまん、して・・・。いっしょうけんめい、がまんしてた、のに――っ・・・」

済まなさでほとんど泣きじゃくりながら、必死にヴァッシュは嗚咽を堪えてウルフウッドに謝罪を告げた。
溢れていかないままの熱にうかされた体と心は、思うように動いてくれない。
それでも一生懸命に、詫びの言葉を綴る。

大切な品だと、言っていた。
この男の心のいちばん綺麗なところに居る人達のひとりに、貰ったものだと。
それを、壊してしまった。

そんな大事なものを不埒なことに使う方が悪いという、理不尽さへの憤りと開き直りは、申し訳なさに押し潰されてヴァッシュの表に浮かんでこなかった。
鎖をちぎるまいと気遣っていたのを、なかで放たれた刺激で――気持ちよさで我を忘れてしまったという自己嫌悪も、罪悪感に拍車をかけた。

 

ヴァッシュから身を離した牧師は、こちらを責めるでも宥めるでもなく、そのまま壁際に腰を下ろしてしまった。
窓の下の壁に背中を預けて、背中を丸め窓枠の下に長身をおさめている。
ほんの少しの距離だけれど、ヴァッシュが身を起こし手を伸ばしてもぎりぎり届かない場所に離れてしまった。
それがウルフウッドの――怒りか傷心か憤慨かは判断できないけれど――何らかの意思表示に思えて、ヴァッシュは怯え口をつぐんだ。

しかし、いくらも沈黙をとどまらせることなく牧師から掛けられた声は、少なくとも荒々しくはなかった。

「来いや、トンガリ」

すこしだけ呆れたような、しゃあないなあと言外にいいたげな呼びかけ。
けれどそれは同量で許容を含んでいて、静かだった。
その声を呼び水に、再びヴァッシュの唇から涙声の謝罪が零れ出る。

「・・・ごめん・・・。うぇ、ご、めん・・・っ、ウルフウッドぉ・・・・・・」

「判ったから、来いて」

重ねてかけられた言葉は、苦笑を混じらせていた。
ひとまず怒られなかったことにヴァッシュはひどく安堵してしまって、濡れた碧い双眸から勝手にぽろぽろと涙があふれる。

「う・・・っ、えっく・・・ぅ・・・」

情けなく子供じみた様子でしゃくりあげ、ヴァッシュはどろりと熱い体を起こした。
到達を許されないままの前が重く、泣きじゃくりながらよろよろとヴァッシュは招く男の元に這いずって行く。
剥き出しの膝に、固い床が痛い。
だけど、熟しきっている昂ぶりの方がもっと苦しく、どくどくと痛んだ。
これ以上ないほど押し上げられているのに、最後の、ほんの少しのきっかけを焦らされて、泣いている。
少し身じろぐだけでも、たった今まで満たされ揺すられていた場所から溢れるものがあって、それが股を伝ういやらしい感触は、ほとんど拷問だった。

ようやっと男のところまでたどりつくと、ヴァッシュは力をふりしぼって牧師の膝をまたぎ、彼の首にすがりついた。

「ふっ・・・う・・・、っ」

「ん、よっしゃ」

身を寄せると、ウルフウッドが身に付けたままの上着の布地にヴァッシュの先端が擦れて、辛くて気持ちよくて、ヴァッシュは震えた。
ヴァッシュを抱きとめてぽんと背に置かれたウルフウッドの手の感触が、たわいない刺激のはずなのに一層震えをひどくする。
だがその感触で、ようやく涙は止まった。
潤んだ目を瞬くと、名残の水滴がヴァッシュの頬を伝い落ちる。

「んっ、あ・・・ウルフウッ、ド」

そのまま腰を振りたてて達してしまいたかったが、罪悪感と羞恥でさすがにそれは憚られて、ヴァッシュは容赦と謝罪をことばにする代わりに名前を呼んで、牧師の唇に自分の唇を寄せた。
いまなら、口付けだけでも最後まで押し上げられてしまいそうだ。
キスを、して欲しかった。
とろりと深く、けものじみて熱い、セックスそのもののようなキスを。

窓はかわらず開いたままでも、ふたりして身を寄せているこの窓下なら、外からは死角だ。
恥知らずと怒鳴るのも、鎖を壊してごめんと謝るのも、とりあえず全部あとまわしにしてしまおう。
このままここで、して欲しい。

 

しかしヴァッシュの要求と口付けは、牧師の命令のことばに撥ねつけられた。

「立て」

唇を重ねる寸前、ひどく近くから短く強くそう言われて、ヴァッシュは半ば伏せていた目を開いた。

「あ・・・・・・え、っ・・・?」

吐息がかかる距離まできてキスをとどめられ、蕩けかけていたヴァッシュの頭は醒めるより呆けた。
言われた言葉は判るのだが、意味がちゃんと頭に入らない。

呆然として動けないヴァッシュとは反対に、ろくでもないほどきびきびと歯切れのいい口調で、ウルフウッドはこちらを促してきた。

「ボケとるな。立て、ちゅうとるんや。腰立たへんのか?」

牧師は、自分は床に座り込み背を壁にあずけたまま、強い腕でヴァッシュの腰をつかみ、引き上げた。
乱暴ではないけれど力ずくで体勢を変えられ、ヴァッシュは溶けて砕けた体を支えるために窓敷居に手をかけた。

「しゃんと窓の枠に、手ェついとけ。大声出したり、やらしい顔したりしたら、あかんで。バレてまうからなぁ」

「な、に・・・・・・。あ――や、だ。いや」

足下から脅しめいた注意をならべられ、これからこの体勢でどういうことをされるのかは、ヴァッシュの蕩けた頭でもおおよそ察しがついた。
ほそく、ウルフウッドにも聞こえるかどうかという小さい声で、拒絶を返す。
しかし、破戒牧師は相手にしてくれなかった。

「ええから、立て。可愛がったるから。――言う事聞けへんのやったら、ひどいこと、するで?」

可愛がるとウルフウッドが言うのが淫らがましくひどい仕置なのは、知れていた。
甘やかすのと脅すのとを同時にささやいてくる牧師の声は、卑怯なくらい心地良く低くヴァッシュの耳に響いて、さっき止まった筈の涙がまた勝手にこぼれそうになる。

 

その時、開け放った窓から風が一陣吹き込み、ヴァッシュに少しだけ涼気と――正気をもたらした。
窓の敷居に置いた自分の手だけを凝視していた視線が、乾いてざらついた風を頬に受けて、反射的に外に向く。

 

「・・・・・・!!」

 

窓枠を越えてヴァッシュの視界に入るのは、晴れた午後の空と町並み、そして眼下の往来。
それなりに平穏そうな、健全でまっとうな風景。
いま自分がしている事、そしてされている事とは、ひどくかけ離れている。
なのに淫猥な空気に満ちたこの部屋と外の景色は、大きく開いた窓で確かに繋がっていて、違和感にヴァッシュは一瞬呆然とした。

ヴァッシュが窓の内側、己の足下に視線を落とすと、そこにはズボンの前立てだけを開けた格好の男が、窓枠の下の壁に背を預け床に座り込んでいる。
堂々とさらされた牧師自身は、ついさっきまでヴァッシュの中を好き勝手に犯していたものだ。
力の入らないヴァッシュの腰を、かわりとばかりに抱いて支えるウルフウッドの表情は、性悪にやに下がっている。
獲物をいたぶるような眼差しは、好色さだけでない獰猛な光をたたえていた。

そしてヴァッシュ自身の下肢からは、コートの深いスリットを分けて、震え屹立しているものがある。
延々と苛まれ嬲られ、充血して熟して、欲情ではちきれそうになっている浅ましいそれ。

「っ!!」

違和感と羞恥と怯えと居たたまれなさ、そしてそれでも身内でのたうつ疼きに、足先から耳朶までいっぱいになってヴァッシュは硬直した。

 

 

 

 

 

 


 

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