「ひ・・・・・・っ、い、やぁ。――や、だ」
かぼそく抗議を重ねて、ヴァッシュは背中を丸め、手をついていた窓枠に突っ伏した。
こんな顔、とても日に晒せない。
きっといまの自分はとんでもなくいやらしい、物欲しげな顔をしている。同時に、何もかもを見ていられなくて、ぎゅうっと目を瞑る。
あたりまえに健全な外の風景も、あさましく淫らな自分の下肢も足元の意地悪な男の顔も。「うぇ・・・え、っ、う・・・・・・も、や」
一度は止まっていた涙が、勝手にヴァッシュの眦から滲み零れる。
しゃくりあげながらふるふると首を振るとあたりの空気が揺れて、窓枠に置かれたものの匂いがヴァッシュの鼻腔に強く届いた。「・・・・・・っ、う・・・」
室内に張り出したそれの隅には、牧師が置きっ放しにしていた灰皿が乗っている。
煙草のにおいを間近に感じて、ヴァッシュは違和感にいっそう切なくなった。
ウルフウッドの体臭を構成する一部であっても、やはりそれは違う。
牧師と身を添わせたときにヴァッシュに届く匂いとは、違っている。
それが、切ない。「うっく、ふ・・・う。・・・・・・ウルフ、ウッド・・・い、やだ」
「あーあ・・・泣くなや、ヘタレが」
牧師の呆れた声が、ヴァッシュの足下から放り上げられ耳に届く。
自分で泣かせておきながら咎めてくるふてぶてしい叱責には、けれど少しの困惑が混じり込んでいて、ヴァッシュの抗弁は無意識に甘えを含んだ。「だっ、て・・・おまえが、ひどいことばっかり・・・する、から」
相手と自分の下半身を直視するのは耐えがたく、ヴァッシュは目をつぶって顔を伏せたまま、細い声で苛めっ子をなじった。
か弱くしたたかな女じゃあるまいし、涙を武器になんかするつもりはなかったけれど、泣く子に弱い男が許してくれる気になったのだろうかと、甘えが出た。
まさしく、ヴァッシュは甘かった。
思わず抱いたぬるい予想と、目を閉じた分鋭敏になっていた触覚のせいで、次に与えられた『お仕置き』はヴァッシュにとって余計に酷いものになった。
「せやかて、ひどいことせんとお仕置きにならへんやろが」
駄々をこねる子供に言い聞かせるような口調で、ウルフウッドの応えがあって。
「ひ!?」
同時に、千切れそうに重く熱くなっているものに激痛と紛う刺激を与えられ、一瞬ヴァッシュは悲鳴を上げた。
なにか固いものに先端をぐりぐりと抉られ、漲った幹の部分をぎゅうっと締めつけられる。
痛くて、苦しくて、おなじくらい気持ちよくて、感じた。
嬌声を、殺しきれなかった。「――っ!!」
すぐに歯を食いしばり唇を引き結んだけれど、反射的に開いた瞼の向こう、眼下の往来のざわめきが大きくなった気がして、ヴァッシュは一層体を縮めて下の通りから身を隠そうと試みた。
自然と体を二つに折り腰を突き出す格好になったが、気にしていられなかった。外から見れば、街路から見上げるにしろ近くの建物から目にするにしろ、この窓辺にいるのはヴァッシュだけだ。
ウルフウッドは窓枠の下に隠れて、外部からは死角に居る。
不埒な牧師から罰を受けているヴァッシュはまるで、自分ひとりでいやらしい顔をしてあさましい声を上げているように、見えるだろう。
――見られているとしたら。「・・・・・・う・・・っ、く!」
消え入りたいほどの羞恥で顔を歪め、ヴァッシュは醜態の原因である破戒牧師を睨み付けた。
そのせいで、とんでもなく昂ぶっている状態の自分自身をも目にすることになったが、致し方ない。
それよりいまは、足下で壁を背に座り込んでいる男を、せめて目線で罵ってやりたかった。「よう我慢しとるやん、コレ」
なのにウルフウッドは、仮にも人間台風の怒りの視線を、気にする様子もない。
指先でヴァッシュの先端を弄りながら、牧師はしゃあしゃあとそう抜かした。「すっかり気持ちようなってしもうとる割には、頑張ってこらえとるみたいやなあ?」
その物言いにあんまり腹が立って、ヴァッシュは足下に座る男を蹴飛ばしたくなった。
実際、そうしようと裸足の片脚を上げた。だが。
「この、っ・・・・・・う、あ」
焦らされきった前が重い腰と震える脚は、普段の軽快な動きが嘘みたいに鈍重で、逆に蹴りつける動作のためにバランスを崩した。
牧師の片手がヴァッシュの腰をしっかりと支えていなかったら、無様に転倒していたかもしれない。しかし、ヴァッシュはそれを感謝する気には、到底なれなかった。
よろめいたヴァッシュを支えた強い手は腰骨あたりを掴んでいたが、一旦そうしてこちらの体勢を落ち着かせると、コートのスリットを潜って後ろに回った。
双丘を撫でて狭間を割り、指が傍若無人に奥へと辿り着く。
そして、先程までウルフウッドに占領されていた濡れた場所に、滑らかに指は押し入った。「――あ、んぅ!」
「頑張るなあ、ホンマ」
心底感心したような――ヴァッシュにしてみればちっとも嬉しくないが――声が、ウルフウッドの口から漏れる。
これほどのヴァッシュの嬌態を目にしても余裕ありげなのは、さっき自分だけ先に達ってしまったせいだろう。
その証が突き入れられた牧師の指を伝って、ヴァッシュの内から溢れ出ていく。「ひ・・・・・・ば・・・かやろ、っ・・・。おまえが・・・そ、う、言ったんだろ、が。・・・・・・ぁ、ああ」
少しだけ嘘になる理由を、憎まれ口をまじえて途切れ途切れにヴァッシュは紡いだ。
意地悪い男に到達を禁じられたのは本当だけれど、いつもなら咎められても我慢しきれずに、とっくに達している。
確かにヴァッシュの体は精神の支配に拠るところが大きいが、意志だけで律することができるほど、ウルフウッドから与えられるけものじみた愉悦は穏やかではない。
むしろ、心ごと躯を許しているだけに、傷だらけの四肢はこの男に触れられると、あさましいほどたやすく熱を帯びるのが常だった。しかしいまのヴァッシュは、昂ぶりを達けないように拘束されているでもないのに、最後をぎりぎりで堪えている。
「や、っ・・・・・・も、ゆる、し・・・もう・・・」
前を苛められ奥を弄られて、ヴァッシュの口からすすり泣きと一緒に許しを請う言葉がこぼれた。
なにせ、真っ昼間に窓を開け放って、しかもその窓のすぐ下は人々のゆきかう往来という状況だ。
いたぶられて思わず湧き出す悲鳴さえ、喉から溢れ出せずに押し殺さないわけにはいかない。
加えて、牧師のクルスのチェーンを引きちぎって壊してしまった罪悪感がくすぶって、ヴァッシュの躯を引き止めていた。「いっつも、ぜんぜんワイの言うこと聞かんくせに」
しかし酷い男は、ヴァッシュの請願を容れてはくれなかった。
そのくせ愛撫の手を緩めるでもなく、奥を嬲る指を増やされる。「素直やなあ、トンガリ。・・・いっその事このまんま抱き殺したろか、ホンマ」
そうして感嘆の溜息みたいに、可愛え、と呟きながらウルフウッドは、ヴァッシュの先端にキスを寄越した。
そのまま、男の熱い口腔に飲み込まれる。
あまりの刺激の強さに震えて腰を引くと、奥に差し入れられている指にいっそう深く犯された。「や、だ・・・ウルフ、ウッドぉ・・・」
幾度めになるか判らない意思表明を、泣きながらヴァッシュは呟いた。
意図して抑えなくても声はもう、掠れたかぼそいものにしかならない。
情欲を放出できない昂ぶりのかわりとばかりに、双眸からぽろぽろと涙が溢れる。
こんなのは、いやだ。
くやしい。
恥ずかしくて、苦しくて、気持ちよすぎて辛い。そして、足りない。
男に触れられ苛められているのは、ヴァッシュの恥部だけ。
いちばん感じやすくいやらしい、一部だけだ。肌が触れ合っていないこと、身体が重なっていないこと、吐息がとどかないこと、キスが交わせないこと。
頭蓋の中身をどろどろに溶かすような、羞恥に満ちた背徳的な愛撫をたっぷりと浴びせられていても、いくつもいくつも足りなくて、さみしい。さみしいと、そう思ってしまうことが、またくやしい。
「うっ、く・・・う、ふ・・・・・・」
気力を振り絞って、ヴァッシュは窓枠に突っ伏していた顔をすこしだけ上げた。
午後の空の晴れ渡った明るさと平穏な街並みは、涙で潤んだ目にぼやけて映る。
部屋の外の生活の営みが紡ぐ混然とした物音は、どくどくと耳をうつ自分自身の鼓動の音に押されて、幾分静まったように思えた。
そしてヴァッシュは力の入らない腕をけんめいに伸ばして、開け放ったままの窓に手をかけた。