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そして続く道 - つがう

 素肌の膝に掌を乗せると、いつでも初めてのように躯を硬張らせる。そんな反応に今でもそそられながら、同時に痛々しさのようなものも感じて、シャッコの手は時々ためらってそこで止まった。
 手をどければ、どうしたと下からすくい上げるように見つめて来るから、その目に先を促されて、先走りしないようにせいぜい気をつけるために、頭の中では素っ気ない数を数えている。
 ユーシャラが眠ってしまえば、他にこれと言ってすることもない。だからこうやって朝までの時間をつぶしていると言うわけではなかったけれど、時々そんな格好(ポーズ)でもつけたくなるほど、キリコに対する飢えが自分で恐ろしくなることがある。
 シャッコは、キリコの膝の間に掌を滑り込ませて、脚を割りながら、キリコを自分の下へ敷き込んだ。肩の位置を揃えると、首に両腕が回って来る。引き寄せられると、息も近づいた。開く唇と、差し出される舌先。いつもあたたかいそこは、重ねてゆくと体温が上がるのが真っ先に伝わる。熱くなる喉の奥へ、互いの舌先が挿し込まれて、どちらがどれだけそこから熱を奪えるか、短く続く競争になる。
 キリコの指先がうなじを探って、そこから髪の中へもぐり込んで来る。今は少し長い後ろ髪をかき上げて、出会った頃の、あの短く刈っていた形を懐かしがるように、シャッコの頭の丸みを指の腹でたどって、親指を耳の後ろへ滑らせて来た。
 抱き合う間に、こすれる肩の先と平たい胸と、荒くなる息で波打つ腹の筋肉の形が、はっきりと伝わるとまたそれに煽られる。互いの汗に濡れて、皮膚が滑る。時々外れて滑り落ちる腕を、またしっかりと互いに巻きつけ直して、どこでもいいから触れた互いに、指先を、跡の残るほど強く押しつけて、キリコが、うっかり立てた声を恥じるように、シャッコの肩へ唇を押し当てた。
 どこに掌を置いていようと、どこに指が触れていようと構わなかった。抱き合って、触れているのが互いなら、それでよかった。唇を滑らせると、時々一緒に歯が立つ。跡は残さないように、皮膚を傷めないように、気をつけながら、柔らかく噛む。そうせずにはいられずに、互いを噛む。食べるための仕草のように、口を開け、歯列の間に素肌を挟み込んで、ふたりはそうして互いを噛んだ。
 キリコとこうしていると、シャッコはいつも頭の片隅で、つがうと言う言葉を思い浮かべる。もう少し控え目な表現も、アストラギウス語にないでもないけれど、自分の生まれ育った言葉ではないそれはどうしても白々しく耳に響き、その言葉の真の意味をどうせ理解はできないシャッコは、自分たちの言葉で、つがうと、キリコとのことを考えている。
 食べることと眠ることと、その並びに、こうして躯を繋ぐことがある。何を生み出すわけでもない、ほんとうにただ時間をやり過ごすためのように、そう考えるのは自嘲のような自虐のような、あるいは結局、お互いに愛情とか好意とか、そう言ったものを示す術を知らないからなのか。
 赤ん坊を助けて、育てることに決めて、そこでふたりはとりあえず人殺しと破壊をやめた。1日ごとに大きくなる、人の形に近づく赤子を育てる互いのそのやり方に、互い相手では見えにくい互いの思いやりを見つけて、自分はこんな風に思われ、扱われていたのだと気づいた。真っ直ぐに互いへは伝えられない思いを、赤子を通して伝える。そんな不器用さだけは変わらないふたりだった。
 物騒ではない習慣を互いの間にひとつずつ増やして、こうして抱き合うこともそのひとつだ。1日の終わりに、ユーシャラが眠り、ふたりきりになって、敵にも作戦にも他の何にも──ユーシャラの夜泣きや部屋からの脱走以外は──邪魔されずに、健やかに眠りを貪るために、健やかな疲れをたぐり寄せる。互いを抱き寄せる。つがう。滑る汗を交ぜて、自分ではない躯に触れる。親密に触れ合う。これ以上はない近さに躯を交わらせて、その先に何があるわけでもなく、それでもここには、確かにあたたかな安堵があった。
 自分から体の向きを変えて、キリコが背中を向けて来た。躯を添わせながら、腰を引き寄せて、浅く入り込んでから少しの間待つ。内側が馴染んで来るまで、辛抱強く、ほとんどそうとわからないように、わずかずつ躯を進める。慣れたとは言っても、元々が随分な無茶だ。
 苦痛だけでもないキリコの声を聞き分けて、シャッコはもう少し躯を近づけた。どこが突き当たりとも最奥とも分からない、ぬるりとあたたかな粘膜の内側で、キリコの全身がうねるのが伝わって来る。それは、拒む動きのようにも、むしろ引きずり込むような動きにも、どちらにも思えて、シャッコはキリコの声へ近づくために、骨ばかりの目立つ背中へ向かって上体を傾けた。
 シーツへ顔を埋めていたキリコは、シャッコの動きに気づいてそちらへ首をねじ曲げる。そうして体をねじれば繋がる角度が変わるのに目を細めて、眉の間を狭めた表情は、今では快のそれだと読み取れる。腰から手を離し、体の重みを掛けると、簡単にキリコの体は平らになった。シャッコの下で、手足を曲げながら体は伸び、シャッコが少し動くと、肩から上だけが、シーツから浮いたり沈んだりする。短く息だけ吐く時は喉が伸び、声を隠す時はしわくちゃになったシーツへ生き埋めになりそうに額を押しつけて、背骨の始まりが、驚くほど固そうに盛り上がる。
 肩近くへついたシャッコの手に、少しずつ、キリコは遠慮がちに自分の手を近づけて来る。首を振り、顔の向きを変えて、その合間に瞳だけ動かしてシャッコを見上げ、そうしてシャッコが自分を見ているのを確かめると、それで自分の手の動きは気づかれないと信じているように、シャッコの指に自分の指を絡め始める。
 指先を強引に絡めて、握り合うような形に近づけて、キリコは思ったよりも素直にあれこれを皮膚の表面にも表情にも表わして、そして躯はもっと雄弁にあれこれシャッコに語って来る。熱さも、硬さも、柔らかさも、引けばすがりついて来る内側のうねり方も、シャッコがキリコに飢えているのと同じくらい、キリコも飢えていると、何もかもがそう言っている。
 体に訊くと言うのが比喩ではないのだと、シャッコはこうしてキリコに教えられた。
 自分の躯の応え方が忌々しいのか、キリコは八つ当たりのように、目の前にあるシャッコの手首に噛みついて来る。痛みに顔をしかめ、こちらを見ているキリコを見返しながら、そうされてシャッコが、キリコの内側へ反応すると、またキリコの躯がシャッコへ応えて来た。
 果てるのを引き延ばすために、キリコがまた膝を立て、姿勢を元に戻す。それから、脚を絡めるようにしながら、シャッコの方へ腕を伸ばして来た。後ろへ向かって突き出す腕が、そのままでシャッコに届くはずはなく、シャッコはその腕を肘の辺りで掴むと、少々無理をさせるのを承知で、自分の方へ乱暴に引き寄せた。
 キリコの上半身がベッドから浮く。腕を後ろへ引かれた分だけ体はこちら向きにややねじれて背が反れ、代わりのように首が前へ折れて、シャッコが動くたび、そこだけ人形のようにふらふらと揺れる。
 長くは続けずにキリコの腕をそっと離すと、肩からシーツへ落ちて、上半身だけはくたりとシーツの上へ伸びる。腰だけこちらへ高くした眺めは、手放すのに名残りが惜しくて、姿勢を変えると決めるのに数秒掛かった。
 シャッコがほどくように躯を引くと、内臓ごと引きずられるような感覚に、キリコはかすれた声を出す。脚の位置を変えられ、また正面から向き合う形になって、シャッコの腕に引っ掛かった足首を自分で動かせず、肩をよじっても背骨に響くのに、キリコは面倒になって、その足首をそのままシャッコの肩へずらした。外へ向かって投げ出すよりも、躯はその方が楽だった。
 肩に乗った足ごとキリコを抱きすくめて、シャッコはまた躯を繋げた。外した時のまま、今は開きっ放しのそこへは、最初よりはなめらかに躯を進めて、ふたつに折れたキリコの体は、シャッコの重みにきしんで、硬く張ったふくらはぎの線がもがくように胸の辺りを何度か滑る。柔らかさのない体には少しつらいその体勢のまま、シャッコが少し揺すぶりを掛けると、キリコの喉がほとんど裂けるように伸びた。
 膝が曲がって伸び、爪先が全部開いた後でぎゅっと閉じる。キリコのその脚には力が入ったまま、そして同じように、躯の内側も柔らかく緊張したまま、どこまでも引きずり込まれそうなのはシャッコの方だった。
 たたまれた体が苦しいのかどうか、快とも不快とも聞き分けのつかないキリコの声が、いつもより高い。胸の辺りから真っ赤になった姿はともかくも、滅多とひどくは乱れないのに、今は横向きの片方だけ見える瞳の焦点が怪しい。
 正気に返らせようと思ったわけではなかったけれど、シャッコはほとんど無意識に、胸の前に伸びたキリコの片足を腿の付け根から撫で上げ、骨張った膝を掌で包み込むようにしてから、ふくらはぎの丸みを親指でゆっくりとたどった。それから、今はどこよりもわかりやすくシャッコの動きに応えているキリコの爪先に、自分の手の指先を当てた。
 体の、どの部分にも似ていない、丸みを帯びた硬くて柔らかい足裏に掌を添え、そこが、内側の粘膜のうねりと一緒に、まったく同じようにくねる感触に、ふた呼吸分我を忘れる。眼下で放心したようなキリコに引きずられて、シャッコは、その足裏に歯を立てた。骨の形がわかるまで歯を食い込ませて、キリコがもがくとようやく歯先を外して、その後は考えるのをやめた。
 水中で溺れてもがくように、互いにしがみついて、揺れている躯の、どこからが自分のものかわからなくなるほど熱く融けて、時々掌が互いの体を探る。肩や首やあごや頬に触れて、ふたりで一緒にこうしているのだと確かめながら、後はもう無我夢中だった。
 いつの間にかシャッコの肩から滑り落ちたキリコの足は、今は両脚ともシャッコの腰に巻きついて、爪先は時々シャッコの膝裏へ滑り降りてはまた戻って来る。
 果てた後もまだしばらく、濡れた胸を重ねたまま動けず、ようやく動いた時には、唇が重なっていた。
 貪るように抱き合っても、果てることが終わりではなく、まだ足りないと声だけが残る。この疲れを引き寄せたまま眠りに落ちるまでの間に、まだ尽きない気持ちに突き動かされて、唇や手指は触れ合ったままでいた。
 赤みの引かない、まだ熱いキリコの頬に掌を当てていると、そのシャッコの掌に顔を傾け、キリコが唇を近づけて来る。掌の内側を柔らかく噛まれ、次には指の腹に、軽く歯先が立った。
 シャッコが掌を少しずらし、唇に親指が当たるようにすると、キリコは少しの間眉を寄せて、腹を立てたような表情を浮かべてから、シャッコがそう仕向けたように、親指を唇の間に入れ、その先を噛んで舐めた。
 口の中も舌の奥もまだ熱い。この熱は多分、朝まで去らないだろう。
 こんな風に飢えていることを認めるのは、確かに業腹だ。シャッコは、キリコのあごを軽く押さえて唇を開かせ、親指を引き抜きながら代わりに自分の唇を近づけて行く。
 もう一度と思ったのかどうか、脇を滑ってもっと下へ向かってゆくシャッコの手を、キリコは止めなかった。

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